【夫婦関係】修復の兆しか!?離婚回避のために僕が取り組んだこととは―

スポンサーリンク

40歳を過ぎた今、僕たち夫婦は、ほぼ「家庭内別居」の状態になってしまっています。離婚のことも、何度も考えてきました。ところが最近、本当に少しずつですが、関係修復の兆しが感じられるようになったのです。

僕たち夫婦の関係が破綻した経緯

夫婦 テトテ

僕たち夫婦は学生時代に出会い、20代半ばで結婚しました。もう出会って20年が経ちます。

次女を出産した5年ほど前から急激に関係が悪化したのですが、その兆候は実は出会ったころからあったのだと、今になって気付くことがたくさんあります。

根本的な原因は幼少期からの性質

夫婦関係が破綻した根本的な原因は、僕の幼少期にさかのぼります。

僕はなぜか、物心ついた頃から「自分は人よりも劣っている」と強く思い込んでいました。大きなコンプレックスを抱え、傷つきながら少年時代を過ごしました。ある種の発達障害の傾向があったのかもしれません。人の輪に、うまく入っていくことができませんでした。

高校時代からは、優秀な成績とピアノの腕が僕の武器となり、少しコンプレックスを克服することができたかに見えました。でも、根本的な解決にはならず、むしろ自分の弱さを受け入れるプロセスを逃してしまうことになりました。

「足りない自分」「劣った自分」を、勉強や特技で補おうとしても、その延長線上に幸せはありませんでした。

僕は常に、自分自身をジャッジし、足りない自分を責め、劣った自分をさげすむようになりました。そして、そのつらさから逃げるために、他人をジャッジし、他人の足りない部分や劣った部分を下に見るようになっていきました。

こうした性格の歪みは、一種の人格障害の様相を帯びていました。この最大の犠牲者となったのは、もっとも近い関係にあるパートナー、つまり妻だったのです。

最初の10年は妻の我慢で成り立っていた

妻は出会った当初から僕のこういう傾向に気付いていたと言います。でも、ずっと僕を信じて我慢し続けてくれました。いつか、僕が変わってくれるだろうと。

妻は本当につらかったと思います。夫がいつも自分をジャッジし、咎めるような目をしていたのですから。

妻は長女を出産したあと、急激に心身の状態を崩しました。うつ病と診断され、薬漬けにされました。薬を服用することで、妻の身体はさらに蝕まれていきました。

それでも妻はずっと、悪いのは自分だと、苦しみのすべてを一身に受け止めてきました。

次女の出産が「産後クライシス」をもたらした

妻がついに「これまでの苦しみは、夫のせいなのではないか」と思うようになったのは、次女の出産がきっかけでした。

いわゆる「産後クライシス」です。僕が妻の人生を尊重していなかったことが、妊娠出産にまつわる様々なできごとを通じて明らかになっていったのです。

妻は「もうこれが最後」という決意で僕に訴えました。「このままだと、本当にあなたのことを嫌いになってしまう。あなたが自分自身を見つめて、変わってほしい」

でも僕は変わることができませんでした。妻は言葉通り、本当に僕を見限り、僕のことを嫌いになってしまいました。自分の人生をめちゃくちゃにした男だと。

そして、ここ2~3年は、ほとんど「家庭内別居」のような状態になっていったのです。

「Doing」では絶対に解決しない

友人のセラピストに教えてもらったことなのですが、人の行動やあり方には、「Doing」と「Being」があるのだそうです。

「Doing」とは、行動そのもののこと。

「Being」とは、どう生きるかという「あり方」のこと。存在そのものと言ってもいいかもしれません。

人はとかく、「Doing」で物事を解決しようとしますよね。行動で問題点を解決しようとするわけです。

僕の場合は、家事を一生懸命やる、という行動をとりました。

妻は「自分の体調がここまで悪くなったのは、すべて夫のせいだ」と考え、育児以外の家事は一切やらないという姿勢を明確にしました。

僕は、家事を一手に引き受けて一生懸命こなすことで、償おうとしました。でも、改善するどころか、より深みにはまっていきました。

僕は確かに一生懸命やりましたが、やればやるほど、「僕はこんなに頑張っているのに、なんで分かってくれないんだ。お前は何もやっていないくせに!」と、怒りや憎しみがわいてくるようになりました。

妻は、そういう僕の心を感じ取って、僕に対する憎しみをより増していったのだと思います。

「Doing」では、絶対に解決しないんだということを、僕は痛感しました。では、どうすればよかったのでしょうか。「Being」とは、いったい何でしょうか?

自分自身の根本的な弱さと向き合う

夫婦 孤独な子供時代

僕の心の中には、傷ついて悲しみを抱えた幼い自分が、住み続けています。心の底の暗い穴に閉じ込められて、重いフタをされたまま、ずっと幽閉されているのです。

このことは、友人のセラピストが教えてくれました。本当は、その重いフタを取り去って、おびえている幼い自分を救い出し、その悲しみをしっかりと感じて共感し、「ありのままの自分でいいんだよ」と癒してあげることが、とても重要なのだそうです。

傷ついた幼い自分は、一人だけでなく、たくさんいるのだと言います。小学校時代に恥ずかしい思いをした自分、中学校時代に友人ができなくてつらかった自分、高校時代に必死に武装していた自分…

その一人一人を救い出し、癒していく作業は、かなり根気のいるものになるでしょう。信頼できる専門家の力を借りて、潜在意識に働きかける様々な手法を使ってアプローチしていかなければなりません。

僕はまだ、そこまではできていません。

僕がまず取り組んだのは、逆のアプローチでした。

「相手を咎(とが)めない、ジャッジしない」

何度も書いてきたように、僕の根本的な問題は、常に自分自身をジャッジして、足りない自分、劣った自分を咎めてしまうことでした。そういう自分を守るために、人をジャッジし、咎めようとしてきました。その最大の犠牲者が妻でした。

本来ならば、根本的な原因である自分自身にアプローチする必要があります。傷を抱えた自分を、ありのままに受け入れること。自分を大切にすること。その結果として他人を受け入れられるようになるのです。

でも僕は、まず自分にできることとして、逆のアプローチを取ることにしました。

つまり、「相手(妻)を咎(とが)めない、ジャッジしない」ということ。それを日々実践することにしたのです。

例えば、妻が僕に対して、何かとても理不尽なことを言ってきたとします。そんな時、僕の中には、こういう気持ちが起こります。

「僕は一生懸命やっているのに、なんでそんなことを言うんだ。彼女の目には、世界が歪んで見えているんだ。そんな彼女には、人に偉そうに言う権利などない。本当にひどい女だ」

僕は妻をジャッジし、咎めています。この気持ちはそのままにしておくと、心の中で固定化されていきます。すると、憎しみのフィルターが眼球に張り付いてしまい、本来の妻の姿を見ることができなくなってしまいます。

妻は、本当は僕を攻撃したかったわけじゃないのかもしれない。僕に気付くきっかけを与えようとしてくれただけなのかもしれない。言い方はきつくても、優しさから出た言葉だったのかもしれない。そこに思い至るには、心の目を透明にしておかなければなりません。

心に浮かんでしまった相手へのジャッジ、咎める気持ちは、抑え込むのではなく、しっかりと感じ切ることが大切です。

感じ切るために、僕が有効だと思った方法は「書く」ことです。僕はgoogleドライブのドキュメントに日記をつけることを習慣にしているのですが、妻とのことで心がザワザワしたときには、絶対にその場で反応せずに、いったんその場を離れることにしました。そしてノートPCを開いて、心に湧き出る感情や思考を、とにかく書いてみます。妻への怒りや悲しみを湧き出るままに書きなぐっていると、だんだんネガティブな感情が消えていき、心にスペースが生まれてきます。すると「本当は妻はこんなことを言いたかったのではないか?」という視点が芽生えてきます。その新たな思いもすべて書いていきます。書き切ってしまうと、不思議なほど心が軽くなっています。

これが「感じ切って、手放す」ということなのかな、と思っています。これは僕自身の試行錯誤から生まれた方法ですが、オススメです。僕はPCで書く方が早いのでgoogleドキュメントを使っていますが、もちろん紙の日記帳でもいいし、なんならチラシの裏でもいいと思いますよ。

この過程を経ると、採取的にこういう気持ちが芽生えてきます。「言いにくいことを伝えてくれて、ありがとう。大切なことに気付くことができたから、その点は修正してみるよ」

自分の中に起こった、この心の変化に、僕はちょっとびっくりしました。

スポンサーリンク

相手が徐々に変わり始める

僕自身が変化して、妻をジャッジしたり咎めたりしなくなると、徐々に妻の方にも変化が表れてきました。

僕に何かを頼むとき、「ごめんだけど」と言うようになりました。これは、大きな変化でした。

きつい言葉を僕にぶつけてきても、僕がこれまでのように反応しないので、妻の怒りも長続きせず、さばさばした感じになっていきました。

妻のこうした変化で、僕は少し楽になりました。そして、おそらく妻も楽になったのではないかと思います。

今後は自分自身に向き合っていく

逆からのアプローチで、夫婦関係にほんの少し修復の兆しが見られるようになりましたが、大事なのはこれからです。やはり根本的な改善のためには、正面からのアプローチを避けるわけにはいきません。

僕には幸い、信頼できるセラピストの友人が何人かいます。「ヒプノセラピー」という一種の催眠療法の専門家の人もいますし、星占術やタロットカードを得意とし、そういうツールを使って、自分を知る手助けをしてくれる人もいます。

彼らの力を借りて、僕は自分自身と向き合っていきたいと思います。結果的に夫婦関係が、今よりも修復されたらうれしいです。

〔追記〕
「咎めない、ジャッジしない」を超えて、僕はもう一歩、自分のあり方を考えてみました。真の自立に向けて歩んでいければいいのですが。こちら↓もお読みいただけたら、うれしいです。
【夫婦関係】「介入」ではなく「信じて祈る」・・・僕の20年間の過ちとは―

〔追記〕
でもやっぱり妻の無視や否定にあうのは、とてもつらくて… なかなか成長できず後戻りばかりですが、そのつらさを独り言のように書いてしまいました…
【夫婦関係】妻から無視されることに耐えられますか?

スポンサーリンク

2 Responses to “【夫婦関係】修復の兆しか!?離婚回避のために僕が取り組んだこととは―”

  1. しー より:

    産後クライシスから、こちらのサイトに行き着きました。
    私自身、産後クライシスの渦中で、まだまだ抜けられそうにありません。
    暴言や暴力はないものの、顔を合わせたくない、話もしたくない、子供に触れて欲しくない…そういった思いを抱きながら、生活しております。
    家事育児はしておりますが、ただそれだけという感じです。

    私も過去の出来事を恨みながら、毎日ずっとそのことを考え、イライラしております。
    私の中では、主人は味方ではないのです。
    家事を手伝ったり、何かしてくれようとしたりしますが、何をされても、主人は敵だと思ってしまっているのです。
    自分の意識が変わればいいだけなんだろうと思いながら、なかなか変われません。
    いや、変わろうとしてないだけなのかもしれませんね。
    ブログを読んでいると、自分たちのようだと思ってしまう部分もあり、思わずコメントしてしまいました。
    離婚も考えています。ただ、主人は、良い旦那で良い父なのかもしれません。
    私は現在育休中なので、復帰すればまた多少変わってくるのかもしれません。

    • eiji-maru より:

      しーさん、コメントいただき、ありがとうございます。何度も何度も読ませていただきました。自分の妻の心の中を見ているような気がしました。

      一番近くにいる相手を恨み続けるというのは、本当につらいことだと思います。僕の妻は、次女の出産から5年経った今も、身体のあちこちに痛みや不調を抱えています。憎しみの気持ちが身体にも表れてしまっているのです。

      しーさんが、ご主人が何をやっても敵だと思ってしまうというのは、僕はご主人と同じ立場にいるので、よく分かります。きっとご主人も、どうすればいいのか分からず、悩んでおられることと思います。

      妻が暴言を浴びせてくるとき、これまで僕は、二つのどちらからの行動パターンをとっていました。一つ目は、妻と同化しようとして自分自身を責め、罪悪感にまみれる道。もう一つは、相手の間違いを主張して、妻に僕の考えを押し付けようとする道。

      どちらも間違っていました。僕は妻と同じ目で世界をみることはできないし、妻は僕と同じ目で世界を見ることはできません。最近になって、友人のセラピストに「一人一宇宙」という概念を教えてもらって、ようやくそのことに気付きました。

      そして、今はこう思うようになりました。妻から憎しみをぶつけられたとき、「あぁ、妻の目には、そういう風に世界は見えているのか。その世界は妻のものであって、僕は介入してはいけない。妻の課題は妻自信が乗り越えていく。僕は自分の課題に取り組めばいい」と。

      僕の中には、妻に許してもらいたい、という気持ちが今でもありますが、最近はそういう思いよりも「妻が憎しみを手放すことができたら、妻はもっと自由になれるだろうな…」という思いの方が強くなりました。妻が憎しみを手放せるかどうかは、妻自身の課題です。そして、僕が罪悪感を手放して自立していけるかどうかは、僕自身の課題です。そう考えられるようになったら、互いに依存しあうような関係から抜け出せるような気がします。

      しーさんとご主人の事情は僕には分かりませんので、僕には適切なアドバイスはできません。僕にできるのは、しーさんが恨みを手放し、しーさんのご主人が罪悪感を手放し、それぞれが幸せになっていかれることを、信じて祈ることだけです。

      ちょっと何を書いているのか分からなくなってきてしまいましたが(苦笑)、僕は前を向いて取り組んでいこうと思いますので、もしよかったら、またお便りください。ありがとうございました。

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ