【アスペと自己愛】治療の希望はきっとある ―自分を愛することから始めよう(体験談7) | げんきリズム
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【アスペと自己愛】治療の希望はきっとある ―自分を愛することから始めよう(体験談7)

こんにちは! 40代にして伸びしろしかない、えいぷりおです!

妻からの指摘で自分の発達障害を知り、自己愛性パーソナリティ障害という難物を抱えていることを自覚した僕は、それらを克服していくことができるのか。

僕の道しるべとなったのは、自分をさらけ出せる友人との出会いでした

7回の連載となった「大人の発達障害」シリーズも、これが最終回です。今回は、僕がいま見つけつつある、自分と向き合う方法について語ります。

病院や互助会では何も得られなかった

この記事は、「大人の発達障害」に関する連載シリーズのひとつです。前回の記事はこちらです。

【アスペと自己愛】夫婦関係が壊れた経緯と治療への道(体験談6)
妻から発達障害の傾向や自己愛性パーソナリティ障害を指摘された僕は、それらを克服する道をどのように探そうとしたのか。簡単に振り返ってみます。

発達障害者支援センター

まず最初に訪れたのは、公的な機関である「発達障害者支援センター」でした。

参考

東京都発達障害者支援センター東京都福祉保健局

夫婦で行き、これまでの典型的な出来事や、自覚している自分の傾向について話をしました。でも結局、僕の症状はかなり軽度でグレーゾーンだということで、特に治療の必要はないという「助言」をもらっただけでした。

まだ自分の障害を認められずにいた僕としては、「やはり僕は正常なんだ」というお墨付きを得ることになってしまい、かえって改善への道が遠のくことになったように思います。

そして妻にとっては、自分の置かれている辛い状況を理解してもらえず、まさにギリシア神話のカサンドラの状態。夫が改善していく希望を得ることができませんでした。

【カサンドラ症候群】夫のアスペルガーは妻の心を破壊する(体験談4)

大人の発達障害をみる病院

その後、大人の発達障害の治療実績があるという病院を検索して、いくつも受診してみました。けれど、ある病院では「ご主人は障害と言えるようなレベルではない。奥さんのとらえ方の問題」と言われ、かえって妻を傷つける結果になることもありました。

本を出版しているような有名な精神科医もいくつか受診しましたが、いずれもカウンセリング料金が50分で2~3万円とびっくりするくらい高額で、その内容も説教じみていたりして、通い続けることができませんでした。

大人の発達障害(特にADHD)に特化したことを売りにした病院では、さらっと話を聞いてすぐに「間違いなくADHDですね。お薬を処方しましょう」と言って、ストラテラという薬をいきなり処方しました。

薬を否定するつもりはありませんが、少なくとも僕には何の効果もありませんでした。2回目以降の受診では、副作用の有無だけ聞いて処方箋を書くのみ。時代をとらえた「いい商売」ですよね。3分診療で永遠に「患者」は薬をもらいに来るのですから。僕は3回通ってやめました。

発達障害やアダルト・チルドレンの「互助会」

発達障害やアダルト・チルドレンの「互助会」と言われるものにも顔を出してみました。車座になって、ひとりひとりが自分の心の闇を語るような会で、僕には正直重すぎました。

そういう場では、「ただ聞く」というのが決まりになっていて、否定的な意見を言うことはもちろん、アドバイスのような発言をすることも禁じられています。

人のエピソードから何かを感じ取ったり、自ら語ることで心を整理したりするねらいがあるようです。そこで友人関係が築かれるような雰囲気ではありませんでした。いくつかの団体に何回か通ってみましたが、僕にはあまり助けにならないような気がして、続きませんでした。

このように、公的な機関でも、病院でも、互助会でも、僕は自分が改善していくための道を見つけることができませんでした。

※これは僕個人のケースです。人によって薬が効果的な場合もあるでしょうし、精神科医のカウンセリングが有効な場合もあると思います。僕の記事はあくまで参考程度にお考えください。

僕には安心して自分をさらけ出せる場が必要だった

僕が幼いころから抱えていた問題の根源は、「自分はこのままでは愛されない」という強い思い込みでした。それがアスペルガーの傾向をより強め、自己愛を肥大化させる原因となってきました。

だから、僕に必要だったのは、アスペルガーや自己愛性パーソナリティ障害の「知識」ではなく、「僕はこのままでも愛される存在なんだ」という実感を得ることでした。

僕は様々な病院にかかりながら、なかなか改善の手がかりが得られなかった時期に、学生時代の先輩でカウンセラーとして活躍している人物にコンタクトをとってみました。すると彼は、自らが主催するシェア会のようなイベントに僕を招待してくれました。

その会は、それまでに通った互助会などとはまったく違っていて、ひとりひとりが自分をさらけ出しても安心と思える空気がありました。心に傷を抱えながらも、実に魅力的な人たちが集っていて、お互いを尊重し、愛をもってつながっていました。そこで僕は、その後お世話になる素晴らしい人たちと出会うことができたのです。

ヒーラーAさんとの出会い

シェア会で出会った人物のひとりが、ヒーラーとして活動する女性でした。仮にAさんと呼びましょう。

Aさんは、澄んだ湖のような印象をたたえた人でした。僕は直感的に彼女のセッションを受けたいと思いました。そして、その直感に導かれるように、彼女のもとに通うことになりました。

彼女のヒーリング・セッションは、これまでのどの精神科医とも違っていました。僕の世界のとらえ方を根本から変えるものでした。

それを、ここに書き記すことはとても難しいし、文字にした時点でそれは本質から離れてしまう気もするのですが、あえて書いてみます。彼女は次のようなことを教えてくれました。

  1. 感情を「つかんで」いることに気付く
  2. その感情を「手放す」
  3. その感情は幻のように消えていく
  4. 本来の自分は感情とは離れたところにある
  5. 本来の自分は「愛」そのものである

なんだか新興宗教のように見えてしまったらごめんなさい。やはり伝えるのは難しいなぁ。

例えば、僕が誰かから馬鹿にされたり、批判されたりしたと感じたとします。僕の心の中には瞬時に様々な感情が現れます。恥ずかしさであったり、悲しみであったり、怒りであったり、自分を守るための言い訳であったり・・・

そういった感情が心を支配し、次の行動を決定づけていきます。自分を卑下したり、相手を責めたり、つくろってごまかしたり・・・

僕はそんなふうにして、自分の中に罪悪感を積み上げ、「自分はこのままでは愛されない」という思い込みを育ててきてしまったわけです。

ですが、Aさんはこう教えてくれたのです。

僕の心に瞬時に様々な感情がわいたとき、その感情にまず気付くこと。

どのようにしたら気付くことができるのかというと、微細な身体の反応をとらえることが助けになります。例えば、顔が熱くなったり、肩がこわばったり、呼吸が浅くなったり、動悸が速くなったりといった身体の変化をとらえます。

身体の変化は、感情がわき出すのとほぼ同時か、もしくは一瞬早く起こるそうです。その身体の微細な変化を捉えることができたら、感情の変化を捉えるための大きな手がかりとなります。

Aさんは、瞬間的にわき上がる感情について、「つかむ」という表現を使いました。感情はただ自然にわくのではなく、実は自分自身が積極的に「つかんで」いるものなのだと。

逆に考えると、「つかんだ」感情は、「手放す」ことができるのです。実際に僕は、握りしめた手を開く動きをしながら、つかんでしまった感情を「手放す」練習をしてみました。

恥ずかしさも、悲しみも、怒りも、言い訳も、罪悪感も、つかんだ端から「手放す」訓練をしたのです。

手放した感情をじっと見つめてみると、それは幻のように消えていくことが分かりました。肩をこわばらせるような怒りも、次の瞬間には嘘のように消えていくのです。

彼女に教わった通りにつかんだ感情を手放してみると、それが実は幻だったのだということを、実感として知ることができました。

これは僕にとって衝撃的な気付きでした。なぜなら、「僕はこのままでは愛されない」という強い思い込みは、すべて、あらゆる場面でつかみとってきた恥ずかしさや、悲しみや、怒りが蓄積した結果だったからです。

その一つ一つが本当は幻だったといことは、「愛されない自分」など、どこにも存在しないということになります。

そのことを実感できると、世界の見え方が変わってきます。僕に「批判的」な言葉をかけた(と思い込んでいた)相手は、実は僕に善意のアドバイスをしていただけだったのだということに気付きます。その人には愛があった。さらに言えば、そこには愛しかなかった。

そういうふうに、世界の本質が「愛」であることが、少しずつ分かってくるのです。

自己愛性パーソナリティ障害は治すことのできない障害と言われていますが、その根本にある「自分は愛されない」という強烈な疎外感、孤独感を癒やすことができたならば、改善への希望はあるのではないかと思います。

Aさんは知識としてではなく実感として、この大切な真実を僕に教えてくれました。そして彼女は僕にとって、自分のすべてをさらけ出せる友人となりました。

〔追記〕
ここで僕が学んだ考え方は、「一人一宇宙(ひとりひとうちゅう)」という概念と深く関わっています。

その後、僕はAさんや、次の項目でご紹介するBさんからのご縁で、何人かの素晴らしいセラピストと友達になることができました。「一人一宇宙」は、その一人が教えてくれたものです。

対人関係、特に僕の場合妻との関係と向き合うときに、この考え方を思い出すようにしています。

「一人一宇宙」の考え方で人生が変わる ― 真の自立に向けてー

「気付きの瞑想」で学んだ「いまここ」の概念

Aさんは、「瞑想会」というものを定期的に行っていました。宗教チックな怪しいものではありませんよ。

その会には、瞑想の修行を積んだ人物が講師として招かれていました。彼を仮にBさんとします。Bさんは深い森の奥で静かにほほえんでいる仏像を思わせるような人物でした。

彼が僕に教えてくれたのは、「いまここ」という概念でした。

今この瞬間は、過去への悔恨とも、未来に対する不安とも関係がない。過去も未来も幻であって、エゴが作り出すドラマである。本質は今この瞬間にしかない、という世界のとらえ方です。

この考え方も、僕にとっては衝撃的なものでした。

僕は常に過去の様々な負の出来事をつなぎ合わせて、「だから自分は愛されないのだ」という思い込みを強化してきたように思います。ですが彼は、過去は幻でしかないと言ったのです。

瞑想にも色々と種類があるそうですが、Bさんが教えるのは、今この瞬間に気付き続ける瞑想でした。「気付きの瞑想」と彼は呼んでいました。

今この瞬間に立ち現れるすべて。自分の身体や精神に起こる微細な変化の一つ一つや、自分の周りに存在するもののありよう。例えば空気の動きであったり、かすかに鼓膜を振動させる音や、まぶたの裏にうつる光や影。

もっと言えば、世界や宇宙で今この瞬間に起こっていることすべてに意識を集中していきます。すると、確かに過去も未来もただの幻に思えてきます。

常に今この瞬間に自分が生まれ続けている。だとしたら、「自分は愛されない存在だ」と思い込むために関連づけてきた過去の様々な出来事は何の意味もなさなくなり、「愛されない自分」などそもそも存在しないことに気付きます。

AさんとBさんは、それぞれのアプローチで「あなたは、そのままで愛される存在である」ということを僕に教えてくれたのです。

自分の心が開かれると「縁」がやってくる

この瞑想会には実に素晴らしい人たちが集っていました。彼らは僕の新しい友人になりました。僕は彼らの前では、自分のすべてをさらけ出すことができました。

過去の友人や会社の同僚には、自分の弱さも含めて心を開くことは難しいこともあると思います。僕の場合、新しい友人関係だからこそ、安心して自分の心を開くことができたのだと思います。

心を開くことができると、さらに素晴らしい出会いが訪れることになりました。彼らは、そういった出会いを「縁」と呼びました。

縁のひとつひとつが、僕に「自分の人生」を取り戻すことの意味を教えてくれます。

自分の身体と精神が幸せであること。それが、家族の幸せにつながっていくこと。

僕は幼いころから、自分とは何なのかが分からず、自分の幸せが何なのかも分かりませんでした。だから妻の人生を尊重することができず、妻の幸せを大切にすることもできませんでした。

僕が取り組むべきは、うまく生きるためのテクニックでも、妻の要望を満たすための工夫でもなく、「自分を愛すること」だったのです。そのことを、僕の新しい友人たちは教えてくれました。

〔追記〕
その後、様々なご縁を経て、ちょっと不思議なセラピストさんの、ちょっと変わったセッションを受ける機会がありました。そこでの気付きも詳しく書いたので、ぜひご覧ください。

【愛原実鳥さんのセッション1】霊的な存在(守護霊=サポーター)からのメッセージ
【愛原実鳥さんのセッション2】母親の負のエネルギー(過保護・過干渉)から自立する
【愛原実鳥さんのセッション3】「過去世」は自分の知られざる一面を教えてくれる

妻との関係は改善していけるのか

AさんやBさん、そして多くの新しい友人との出会いから、もう4年くらいが経過しました。僕の中では、少しずつ変容が起きてきたはと思います。

ですが、残念ながら妻との関係は表面上ほとんど変わりがありません。軽蔑に満ちた視線、憎しみに満ちた口調・・・僕の「今」をもはや妻は見てはくれません。

でも、その憎しみに満ちた口調の向こう側に、妻が本当に伝えたいことがあるのだということを、僕は知ることができました。妻の口調に反応して、悲しんだり、怒ったりするのではなく、そうした感情を手放すことで、妻の本当のメッセージに寄り添いたい。妻が本来、愛そのものの存在であることを思い出していきたい

僕自身が「本来の自分」に戻り、「今この瞬間」に気付き続ける努力を重ねながら、妻の幸せを祈りたいと思います。いつか、それが伝わるといいな・・・と願って。

これからの道のり

ここまで7回にわたって書いてきた「大人の発達障害」に関する僕の体験談は、いったんここで筆を置こうと思います。これから先、自分自身と向き合い、自分の幸せと出会うためのヒントを見つけたら、またこのサイトでシェアできたらと思います。

「大人の発達障害」シリーズの目次(まとめ)へは、こちら ↓ のボタンからお願いします。

大人の発達障害の記事まとめ

その手始めとして、僕はずっと粗末に扱ってきた自分の身体を、いったんリセットしてみることにしました。「ハーブデトックス」という心身のケアです。

ハーブデトックスを通じて、僕は新たな気付きを得ることができました。もしよろしかったら、こちら ↓ の連載もご覧いただけるとうれしいです。

ハーブデトックスの記事まとめ

2 Comments

あい

はじめまして。こんちには。
大人の発達障害読ませていただきました。
私にも自己愛性人格障害のパートナーがいます。
一度伝えた事があったのですが、やはり認めてはくれず、
最近は更に悪化しています。
疑問なのですが、何故自分が人格障害だと認められないのに治療しようと思われたのですか?
私の彼もどうにか認めて何か改善できればと思っているのですが、絶対に自分は悪くないと思ってるのでそのような選択にはならないのです。
どうしたら自覚持てるのでしょうか?

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eiji-maru

あいさん、コメントありがとうございます。

パートナーさんとの関係に悩んでおられるのですね。僕の投稿が少しでもお役に立てばいいのですが…

なぜ自分が人格障害だと認められないのに治療しようと思ったのか。難しいご質問ですね。

僕は色々と勉強した上で、自分なりに行きついた考え方があります。それは、「発達障害」「人格障害」といった概念には、縛られ過ぎない方がいいということです。ものの見方が固定されてしまって、本質が見えにくくなるのではないかと思うからです。

妻からは「自分自身と向き合っていない」「だから治療も進まないし成長もしない」と言われていますが…

僕の場合は、自分は人格障害者だという罪悪感を持つのではなく、修正可能な心のクセだと捉えるようにしてみました。そして、日ごろからそのクセに気付くことができるように、心のアンテナを鋭敏にすることに取り組みました。例えば、瞑想だったり、あと腸のデトックスも効果的でした。

妻との関係には残念ながら変化はなかなか現れませんが、職場の同僚や友人との関係には、いい変化があったように思います。

で、そもそも「心のクセ」に気付くにはどうすればいいのか… 

僕の場合は残念ながら、妻との関係が壊れることで初めて自覚することができたというのが正直なところです。関係が壊れるまでは、どれだけ妻が訴えても、自覚することができなかったのです。

あいさんのパートナーさんも、もしかしたら、あいさんが離れてしまうという差し迫った危機感がなければ、気付くことはできないのかもしれません。

あいさんは、相手のためというよりも、自分が自分らしく幸せになることだけを考えて行動したほうがいいような気がします。あいさんの選択が彼との別れという痛みを伴うものだったとしても、それはきっと必要なプロセスなのだろうと思います。

えらそうにすみません。僕は人様にアドバイスできるような立場ではありません。妻から嫌われる前に気付くことができたら…と今も後悔しています。そして今も停滞した状態から抜け出せずにいるのです。

あいさんとパートナーさんが、お互いに幸せな人生を歩んでいけるよう、かげながら祈っています。ありがとうございました。

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