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小学生の娘と5年ぶりに再会できた(面会交流調停)

長らくブログを更新できませんでした。この1年間は、離婚と面会交流の調停を申し立て、激動の日々を過ごしてきました。

それを乗り越え、ついに昨年末、5年以上会えないままだった小学生の娘と再会することができました。

まだ離婚調停は前途多難で、心の整理はついていませんが、少しずつ言葉にしていきたいと思い、書き始めました。

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【離婚・子供との面会に向けて動き出す】

  1. 弁護士を立てて離婚協議へ…
  2. 次女の存在を両親に伝えた
  3. 小学生の娘と5年ぶりの再会 今ここ
  4. 親子交流支援団体「エフピック」

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娘と5年ぶりに再会するまでの道のり

最後に会ったとき、娘は小学1年生でした。僕にぴったりと寄り添って、楽しくおしゃべりしたあの時間が昨日のことのようです。無邪気な笑顔、あたたかい感触、幼いにおいが、ありありと思い出されます。

単身赴任で地方都市に赴任して、最初の帰宅のときに会ったのを最後に、妻は僕と娘を会わせてくれなくなりました。

妻の言い分は「あなたは発達障害・人格障害で娘に悪影響を与えるから」でした。

すごく悩み、自分を責め、努力するから会わせてほしいと何度も頼んでは断られる… そんなことを繰り返しているうちに年月が過ぎていきました。

3年が過ぎたころ、妻の主張はおかしいのではないか… と思うようになりました。

僕は娘を心から愛してきた。自分なりに全力で育ててきた。経済的に困らせることのないよう頑張って働いてきた。酒、煙草、ギャンブル、暴力で家族を困らせたこともない。

たしかに未熟な人間かもしれない。欠点もたくさんある。だけど一方的に「発達障害・人格障害」とレッテル貼りされるのは違うのではないか。

少なくとも、娘に何年も会わせないという理不尽な仕打ちなど、あってはならないのではないか。

そう思い、ようやく調停を申し立てる決心をしたのです。

信頼できる弁護士のサポートもあり、調停開始から約1年で、娘との5年ぶりの再会を果たすことができました。

成長した娘と再会して

再会したとき、娘は小学6年生になっていました。すっかり背が伸びて、美しい少女に成長していました。

僕はものすごく緊張していました。何の話をすればいいのだろうか。そもそも僕のことを覚えてくれているのだろうか…

娘も最初は固い表情で、声も聞き取れないくらいに小さく、不安が伝わってきました。

でも「絵を描くのが好き」という話から少しずつ心の距離が縮まっていき、一緒に絵を書いたりもできました。

ほんの少し笑ってくれるだけで、涙が出るほどうれしくて、忘れられない宝物のような時間になりました。

小さな小さな一歩。決して取り戻すことのできない5年の歳月を、それでも取り戻すための、最初の小さな一歩になりました。

これから一歩ずつ

久しぶりのブログ更新、今日はこのくらいにしておきます。

調停を申し立ててからのこの1年間は、気持ちが激しく揺さぶられるような出来事、心が折れそうな場面がたくさんありました。

ようやく面会交流のかなった今も、思春期の娘との関係を再構築していく難しさを感じています。

これから少しずつ、そんなことも書いていければと思います。

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