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子宮頸がんワクチンをめぐる攻防 ―村中璃子氏のジョン・マドックス賞受賞に接して―

こんにちは! 理系の大学に行って挫折した、えいぷりおです!

皆さん、「ジョン・マドックス賞」を知っていますか?

僕、知りませんでした!キリッ)

これは、イギリスの権威ある科学誌「ネイチャー」が、「多くの困難に遭いながらも科学的なエビデンスに基づき公益に寄与する仕事をした科学者・ジャーナリスト」に与えている賞です。

6回目となる2017年の受賞者は、医師でジャーナリストの村中璃子(むらなか・りこ)さんでした。世界25か国95人の候補の中から選ばれ、日本人では初めての快挙となりました。

彼女は「子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)を接種することで多くの女性の命が守られる」ということを、科学的な根拠に基づいて主張し続けました。

「副反応が危険だ!」と不安を煽る報道が吹き荒れる中、心無い中傷や脅迫に耐えながら、冷静な分析で主張を曲げずに訴え続けたことが評価されたのです。

しかし、日本の大手メディアは、この受賞をほぼ完全に黙殺しました。テレビではNHKを筆頭に全滅。新聞では産経新聞がベタ記事として扱っただけでした。

いったい、なぜ今回の快挙は「なかったこと」にされたのでしょうか? その裏には、子宮頸がんワクチンをめぐる医学会とメディアの闇が横たわっていたのです。

僕がこの話題に関心を持った理由

最初に、なぜ僕が今回この話題に関心を持ったのか、その理由を3つ述べておきます。

長女がワクチンを接種できなかった

第1の理由は、僕に18歳(高校3年生)の娘がいることです。

子宮頸がんワクチンが定期接種となった2013年4月に、娘は中学2年生でした。接種の対象は小学校6年生から高校1年生ですから、僕の娘も受けるはずでした。ところが、わずか2か月後の同年6月、ワクチン接種による副反応が騒がれ始め、国は積極的に推奨することをやめてしまいました。僕の娘も接種を見送ることになりました。

でも、その判断は間違っていました。今からでも接種をさせるべきですが、人一倍心配性の妻は、ワクチンに対するネガティブなイメージを払拭できず、未だに娘はワクチンを受けられずにいます。

理系的な思考への共感

第2のの理由は、僕が理系の人間であるということです。日本でトップクラスと言われる国立大学でバイオサイエンスを専攻し、修士まで出ました。

あ、これは自慢ではありません。結局能力のなさを痛感して挫折し、専門家の道に進むことは断念しましたので…

ただ、理学の基礎研究の現場で訓練を受けたことは、僕のものを見る目に決定的な影響を残しました。データを評価し真実を見極めていく作業の厳しさを知りました。

一方で、実験データを自分の都合のいいように解釈して、インパクトの強い結果を導き出したいという誘惑が、常に隣り合わせであることも知りました。

だから、子宮頸がんワクチンを「悪玉」に仕立て上げた学者たちが、どのように捏造を行ったかが僕には分かります。彼らは科学的事実を積み上げる努力を放棄して、センセーショナリズムの誘惑に負けたのです。

村中璃子さんが冷静な取材と分析を積み上げていった道のりが、いかに難しいことであったか。本当に立派な仕事だったと思います。

メディアの人間の危険な「使命感」

第3の理由は、僕が修士課程を修了後、数年間、報道の現場で働いた経験にあります。

報道に携わる人間が持つ危険性を肌で感じてきました。彼らの持つ危険性には「検証能力の低さ」「特ダネへの執着」そして「使命感」があると思います。

「検証能力の低さ」は目を覆うものがあります。医学系のネタをきちんと検証するには、基礎的な知識とデータの分析能力、さらに英語の論文を読みこなす能力が必要となります。これはとても高度なことですが、この専門性なくしては、医師や学者が言うことを、ただそのまま垂れ流すだけになってしまいます。専門家と議論をできる記者が大手メディアの中に、いったい何人いるでしょうか

2点目の「特ダネへの執着」は、本来であれば、むしろポジティブな要素です。しかし、検証能力がない記者が、「被害者の悲惨なストーリー」や「副反応の強烈な動画」などに飛びついてしまう傾向は、危険以外の何物でもありません。

そして、最も厄介なのが最後に挙げた「使命感」です。子宮頸がんワクチンの危険性をことさらに煽ってきたメディアの記者たちは、ある意味、強い「使命感」を持っていた可能性があります。

しかし、その「使命感」が理性的な思考を妨げることになるのです。痙攣や痛みを訴える患者に対して「彼らを守らなければ」という感情が先に立ってしまうと、科学的根拠に基づく話が通じなくなります。

メディアの中には、このような理屈の通じない「使命感」にとらわれた人間が、びっくりするほど多くいます

  • 長女がワクチンを接種できなかった
  • 理系的な思考への共感
  • メディアの人間の危険な「使命感」

以上の3つの要素が僕の中にあるために、今回、村中璃子さんの受賞が黙殺されたことが、他人事とは思えなかったのです。

村中璃子さんの人物像

村中璃子さんの経歴を簡単に紹介しておきましょう。一橋大学社会学部・大学院卒。社会学修士。その後、北海道大学医学部卒。WHO(世界保健機関)の新興・再興感染症対策チーム等を経て、現在、医療問題を中心に幅広く執筆しておられます。

今回のジョン・マドックス賞受賞を語る上で欠かせないのが、彼女が子宮頸がんワクチンの重要性を指摘した最初の仕事です。それは、「Wedge」2015年11月号に掲載された「子宮頸がんワクチン再開できず 日本が世界に広げる薬害騒動」という7ページにわたる記事です。

この記事で村中さんは、子宮頸がんワクチンを打った少女に起こった痙攣や痛み、記憶障害などの症状を検証し、それらがワクチンに起因するものではなかったことを立証していきます。

そして、少女たちに起こるあらゆる症状を「ワクチンの副反応」とした医師たちが、ひとつのエビデンス(証拠)も持ち合わせていなかったことを厳しく批判しています。

なぜ「ワクチン悪玉論」に火がついて、ワクチンの接種率が70%から数%にまで急落することになってしまったのか。緻密な取材と分析で真実を見極めようとした彼女の姿勢に、僕は敬意を抱きます。

その村中さんが、今回のジョン・マドックス賞受賞に際して行ったスピーチの内容は、こちらで読むことができます。ぜひご覧いただきたいと思います。

【参考図書】 村中璃子さんの著書。非常に読み応えがあります。

村中さんに向けられたバッシング

今回、世界的に評価された村中さんの仕事は、残念ながら日本においては、すさまじいバッシングの標的となりました。批判の内容は主に、

  • ワクチンを作っている会社と癒着している
  • 実際に被害者がいるのに、ひどい!

という点に集中しています。

1点目については、村中さんは実際に、ワクチンを作る製薬会社との関わりがあったし、ワクチンを推奨する立場のWHOで働いていました。しかし、そのことを理由に、彼女が副反応のあるワクチンを強引に推奨していると主張することは、論理が飛躍しています。

2点目の「被害者」の存在は、彼女をより厳しい立場に追い込みました。副反応の症例として報じられたショッキングな動画の数々は、世間の感情に訴えかけ、冷静な分析に耳を貸さない空気を作り出していきました。

彼女自身だけでなく家族にまで脅迫が及んだといいます。多くの雑誌は彼女の記事を掲載しなくなりました。ネット上には、彼女に対する誹謗中傷があふれました。

しかし、そういった彼女に対する非難は、科学的な根拠に裏打ちされたものではありませんでした。

子宮頸がんワクチンの「副反応」に関する具体的な数字

子宮頸がんワクチンの副反応に関する具体的な数字については、厚生労働省が「副反応追跡調査結果について」という報告書で詳細に示しています。それをまとめると、以下のようになります。

子宮頸がんワクチンを接種した累計人数
338万人(2014年11月まで)

そのうち副反応の疑いが報告された人
2,584人

そのうち発症日や経過が把握できた人
1,739人

そのうち、その後も回復していない人
186人

未回復な人の割合は、接種した人の「0.005%」。仮にそのすべてがワクチンによる副反応だったとしても、この割合はワクチンの停止を決断すべき数字とは言えません。

なぜなら、毎年子宮頸がんによって3000人が命を落とし、1万人が子宮の摘出を余儀なくされているという現実があるからです。

日本人女性が生涯に子宮頸がんにかかる確率は「1%」

副反応かどうかもはっきりしない「0.005%」と比較したとき、「1%」の重みは歴然としています。

「かわいそうな被害者」という感情的な報道に乗せられて、ワクチンを止めてはいけないのです。

証拠なしで「副反応」を主張した医師の罪

しかし何人かの医師が、数例の臨床だけをもとに「ワクチンの副反応」と決めつけるような主張をしてきました。これは許しがたいことです。

マウスを使った実験で信じられないような捏造を行った信州大学の元教授、神経内科学医の池田修一氏は、村中さんから捏造を指摘されたことに対して、学術的な議論ではなく名誉棄損の裁判に訴えました。おそらく池田氏にとっては、真実よりも自説を守ることの方が大事だったのでしょう。

HANS(ハンス、子宮頸がんワクチン関連免疫異常症候群)という、エビデンスの一切ない病名を作り出した東京医科大学医学総合研究所の西岡久寿樹理事長のことも、村中さんは厳しく批判しています。

HANSというのは無茶苦茶な概念で、ワクチンを打った人に現れるあらゆる症状(数年後に現れたものも含めて)は、すべてワクチンが引き起こした免疫異常によるものだ、と見なします。

この学説は、もちろん国際的にはまったく相手にされていません。

こうしたいい加減な診断は、症状の真相を覆い隠してしまいます。怪しげな民間療法が跋扈する素地にもなってしまいました。西岡氏は「被害者」に寄り添っているふりをしながら、患者を適切な治療から遠ざけてしまったのです。

彼らの言説は、非常に大きな影響力を持っていました。マスコミが何の検証もなく彼らの主張になびいてしまったことが、さらに状況を深刻化させました。

マスコミは安易な「被害者目線」に陥る

「被害者」が全体の0.005%であっても、マスコミはその存在を極限まで拡大して報じます

ワクチンとの因果関係が証明されているかどうかは関係なく、インパクトの強い痙攣の動画を繰り返しテレビで流し続けました。

マスコミの記者にとっては、データやエビデンスよりもセンセーショナリズムの方が大事なのです。

致命的なのは、彼らが「使命感」をもって「被害者」に寄り添った気になっていることです。僕は報道の現場にいた時、そういう記者を数多く見てきました。

先に紹介した村中さんの受賞スピーチの中に、「元東京都知事の娘で被害者団体と親しいNHKプロデューサーは、私の住所や職場や家族構成を知ろうと熱心だった。私と家族には山のような脅迫のメッセージが届いた」という一節があります。

実は僕は、ここに登場するNHKの人物を間接的に知っています。彼女は猪瀬直樹元東京知事の娘で、番組ディレクターとして福祉系の番組に多く関わっている人物です。

僕は彼女と一緒に仕事をしたことのあるカメラマンから、強引で思い込みの激しい取材姿勢について、いくつかのエピソードを聞いたことがあります(伝聞なので、ここでは詳細は述べません)。

村中さんは彼女について少ししか触れていませんが、脅迫を受けるような状況に追い込まれたということは、かなり問題のある取材をされたことが想像されます。

でもおそらく、このディレクターには罪の意識などかけらもなかったでしょう。「被害者」に難癖をつける村中さんを糾弾しようと、「使命感」に燃えていたのかもしれません。

こうしたメディアの人間の心理は、あらゆる報道に見ることができます。いわゆる「従軍慰安婦問題」で大虚報を演じた朝日新聞にも通じるだろうし、米軍基地にひらすら反対する沖縄の二つの新聞や、もしかしたら「モリカケ問題」に狂奔したメディアの中にも、本気で「使命感」に燃える人がいたのかもしれません。

そんな「使命感」は、百害あって一利もありません

子宮頸がんワクチンの報道でメディアが犯してきた負の役割について、帝京大学ちば総合医療センターの医師、津田健司さんによる興味深い分析(2016年12月BUZZ FEED NEWS)が、最近ツイッターなどで大きな注目を集めました。

津田さんは、2013年3月に朝日新聞に掲載された1本の記事が、「ワクチン悪玉説」の大きなきっかけになったことを、詳細な調査で明らかにしています。

朝日新聞の記事は、子宮頸がんワクチンが定期接種となる直前に掲載されました。東京都内の女子中学生を取り上げ、次のようなショッキングな内容が記されていました。

「(ワクチン接種後)接種した左腕がしびれ、腫れて痛む症状が出た。症状は脚や背中にも広がり入院。今年1月には通学できる状態になったが、割り算ができないなど症状が残っているという」

この報道を契機に、副反応を問題視する記事が次々と報道されるようになり、ワクチンの重要性を一切議論できない空気が作り出されていきました。

そういう報道を繰り返してきた大手メディアにとって、今回の村中璃子さんの快挙は、あってはならないことだったのでしょう。受賞について一切報じないという露骨なやり方に出ました。

メディアは現代日本において、もはや「第4の権力」ではなく「第1の権力」と言ってもいいほどの巨大な影響力を持っています。

そのメディアがワクチンの危険性を一方的に煽り、村中さんのような冷静な分析を徹底的に排除してきた罪は非常に重いと言わなければなりません。

「被害者」を救うのは何か

「被害者」とその家族には罪はありません。ワクチンがきっかけとなって、様々な症状が起こったことは事実なのだと思います。

問題は、それらの症状を医学が救うことができなかった点にあります。思春期の少女たちに起こり得る様々な症例に照らして、心理面のケアも含めた、より丁寧な対応が必要だったのではないでしょうか。

家族との関係にも目を配るなど、多角的に診なければ、思春期の症状を見極めることはできません。症状の真相に近づくために、医師には曇りのないフラットな目を持つことが求められます。

そういう意味においても、「ワクチンの副反応」という実態のない「悪玉」が作られてしまったことは、罪深いことだったのです。「副反応」の一言で片づけてしまうことによって、正確な診断が妨げられてしまったのではないでしょうか。

えいぷりお的まとめ

僕は今回の村中璃子さんの受賞に接して、「真実を見極める」ことの大切さを強く感じました。医師もマスコミも、そして僕たち自身も、うわべの情報に踊らされずに真実を見極める姿勢を持たなければならないと思うのです。

実は、先にご紹介した僕の長女は、いま高校3年生で、一橋大学の社会学部を目指して受験勉強をしています。村中璃子さんが、その学部の大先輩だということを知り、勝手にご縁を感じてしまったことも、この記事を書こうと思ったきっかけになりました。

長女が受験に合格できるかは分かりませんが、何を学ぶにしても、将来どんな仕事に就くにしても、村中さんのように「真実を見極める」姿勢を持ってほしいと願ってやみません。

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