こんにちは! 片岡鶴太郎さんのヨガ姿にびっくりした、えいぷりおです!
2017年5月7日にyahoo!のトップに掲載された「片岡鶴太郎『定年後に遊ぶのでは遅すぎる』」は、僕にとって学びの多いものでした。
自分の人生を生きるとは、どういうことか。今、僕の「たましい」は喜んでいるだろうか・・・
今回の記事では、片岡鶴太郎さんの生き方から学びたい「人生の楽しみ方」について書いていきます。
片岡鶴太郎さんって、こんな人
今回のインタビュー記事は、2017年4月に出版された、片岡鶴太郎著『50代から本気で遊べば人生は愉しくなる』(SB新書)に関連したものでした。
今回はこの書籍ではなく、先ほどご紹介したインタビュー記事を中心に見ていこうと思います。エッセンスが上手にまとめられていますので。
私は1954年生まれの62歳ですが、毎朝、起きるのが楽しみでしょうがありません。やりたいことがあって、毎日時間が足りないと思うくらいです。
(引用:東洋経済オンライン)
こんな風に言える人生を、送ってみたいなぁ。どうすればいいんだろう。
片岡鶴太郎さんの経歴
片岡鶴太郎さんの経歴を引用しておきましょう。
1954年東京都西日暮里生まれ。幼少の頃より役者になることを夢見て、学校ではモノマネのうまい人気者として親しまれた。高校卒業後、片岡鶴八に弟子入り。3年後には声帯模写で独り立ちし、東宝名人会、浅草演芸場に出演する。その後、テレビのバラエティ番組を足がかりにして広く大衆の人気者となり、1988年にはボクシングのライセンスを取得した。1995年、東京にて初の個展「とんぼのように」を開催。現在は幅広いキャラクターを演じる役者として、ドラマ・映画・演劇など様々なメディアで大活躍。1989年、映画『異人たちとの夏』)大林宣彦監督)で第12回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞。その他、毎日映画コンクール新人賞、キネマ旬報助演男優賞、ブルーリボン助演男優賞など、受賞多数。2014年は齢四十から始めた画業が20周年を迎えるとともに、自身の還暦が重なる記念すべき年となる。2015年3月、書の芥川賞と言われる「第十回手島右卿賞」を受賞。
(引用:amazon)
やはり、すごいですよね。取り組んできたあらゆるジャンルで、賞をとるレベルにまで達しているのですから。簡単にまとめると、
- 声帯模写 → もともとの本業
- お笑い芸人 → テレビで人気者
- ボクシング → プロライセンス
- 役者 → 受賞多数
- 書家 → 書の芥川賞
- 画家 → 草津に美術館
- ヨガ → インド政府公認レベル1
どうして、こんなことが可能だったのでしょうか?
片岡流「好きなこと」の極め方
片岡鶴太郎さんは、どのようにして「好きなこと」を高い水準まで極めていったのでしょうか。
記事によると、片岡さんの出発点が「声帯模写」だったことが関係あるようです。「まねをする」ことが「極める」ことにつながると、片岡さんは言います。
「本気で遊べば人生は愉しくなる」
そのために、まずは物まねをしてみてはいかがでしょうか?(中略)
「人生を愉快にするのは、物まねから」といっても過言ではありません。
そして、「物まね」の極意を「守・破・離(しゅはり)」と表現しています。
- 守 → 師匠の型をまねる
- 破 → 師匠の型を破る
- 離 → 型から離れ、独自性の領域へ
ボクシングも絵も、憧れの人のやり方を、とことん「まねする」ところから始めたと言います。
どうやって「好きなこと」を見つけたのか?
そもそも、片岡鶴太郎さんはどうやって自分の「好きなこと」を見つけてきたのでしょうか?それについて、インタビューには、こんな印象的なコメントがありました。
誰もが心の中に、自分の魂を歓喜させるシード(種)を育んでいます。ただその存在に気づいていないだけ、あるいは気づこうとしていないだけです。
まずは自分の心に「私の魂は何をすれば歓喜するのか」と問いかけてシードの存在に気づくことです。そして、やりたいことのシードを見つけたら、毎日コツコツと水やりをしていくことです。
すると、やがて芽吹き、魂の歓喜がもたらされるようになります。ちょっとしたきっかけで始めたことが、人生最大の楽しみになります。
「たましいを歓喜させる種」・・・ 素敵な言葉ですね。自分の心に問いかけ続けた人だけが、この種を見つけることができるのでしょう。
僕にも「種」は見つけられるだろうか・・・?どうやって見つけていこうか・・・?
僕が「種」を見つけられなかった理由
僕だけでなく、実は多くの現代人、特に男性は、「自分のたましいを歓喜させる種」を見つけられずにいるのではないでしょうか。それは、なぜでしょうか?
「忙しいから」という理由
僕の場合、仕事が好きで残業もいとわないため、ついつい仕事以外のことを後回しにしてしまいがちです。
でも、僕は一人のサラリーマンに過ぎませんから、いつか退職することになります。そうしたら、僕は空っぽになってしまうのではないか・・・?そんな不安を感じます。
仕事が忙しいから、という理由で、自分の「たましいの声」に耳を傾けるのを後回しにしてはいけないのでしょうね。
「お金がないから」という理由
僕は自分に投資するのが、とても苦手です。家計に対する不安を常に感じているため、自分にお金をかけるのを後回しにして、ケチってしまうんですね。
何か趣味や勉強を始めようと思ったら、それなりにお金がかかります。自分の人生を豊かにするために、思い切って自分自身に投資できるかどうかが問われますね。
「家族が賛成してくれないから」という理由
結婚している人は、自分のための趣味や勉強に取り組もうと思ったとき、妻や子供がそれに賛成してくれるかを気にすることって、多いのではないでしょうか?
僕は、すごく気にしてしまう性格でした。別に反対されているわけではないのに、なんだかやってはいけないような気がして、勝手に居心地が悪くなって、あきらめてしまうんです。
でも、本当は誰も反対したりしていませんでした。仮にあまりいい顔をされなかったとしても、説得すればいいわけだし、極論すれば説得をする必要もないのかもしれません。自分の人生は、自分の責任で決めるものなのですから。
「才能がないから」という理由
僕の場合、これも大きかったです。幼いころから、「上手にできなければ、やる価値がない」「下手だと恥ずかしい」という思い込みが強くありました。
でも、それを言っていたら、結局何も始められませんよね。僕は、このくだらない思い込みのせいで、何も新しいことに挑戦できないまま、40歳を超えてしまいました。
下手でもよかったのです。自分が心からやりたいことであれば。心から「楽しい」と思えるのであれば。コツコツ取り組むことで、だんだん上手になる喜びも味わえたはずなのです。
自分の心に秘められた「種」を掘り返す
時間は作ればいい。お金は好きなことに投資するためにある。家族が賛成してくれるかどうかは関係ない。むしろ、自分が生き生きすることが、結果的に家族のためになる。下手でもいい。たましいが喜ぶのであれば・・・
このように考えたら、自分の心の奥深くに秘められた「種」が、少しずつ見えてきました。
ピアノとチェロ
僕は小学校から高校卒業までピアノを、高校と大学ではチェロを弾いていました。
楽器を弾いているときは、本当に無心になれました。僕の「たましい」に合っていたんだと思います。何時間でも没頭して練習することができました。そんな時は、確かに「たましい」が歓喜していました。
でも残念なことに、「上手でなければ、やる価値がない」「下手だと恥ずかしい」という思い込みに支配されていた僕は、自分の才能に限界を感じて、せっかくの楽しみを苦痛に感じるようになってしまいました。そして、社会人になってからは、すっかり楽器から遠のいてしまいました。
今だったら、「本当の喜び」のために、もう一度楽器を手にできるかな・・・「下手でも本当に楽しい!」と思えるかな・・・
僕の中で、ひとつヒントになっているのは、カリスマ的な人気を誇るカウンセラーの心屋仁之助さんの存在です。
経緯は詳しく知らないのですが、仁之助さんはある時から音楽活動を始められ、心のことを歌ったオリジナルソングを弾き語りしたり、「問答ライブ」と銘打って、かなり大きな会場でのライブも行っておられるようです。
演奏や歌が特別に上手というわけではなさそうなのですが、「好きだから、やっちゃう」という、すごくシンプルな動機で取り組まれているのが、僕にとっては衝撃的でした。
仁之助さんのライブは、上手い下手という評価など関係ない領域で、多くの聴衆を感動させています。僕も仁之助さんの弾き語りを動画で見たことがありますが、心のこもったあたたかい声で、「いいなぁ・・・」と素直に感じました。そして何より、「好きなことにトライしてもいいんだ」という勇気を、聞く者に与えてくれているような気がするのです。
僕も、「好きだから」というシンプルな思いで、もう一度ピアノかチェロに取り組んでみようかな。憧れていたビリー・ジョエルの弾き語りにも挑戦してみようかな。
でも、そう考え始めると、
「楽器のメンテナンスにはお金がかかるぞ」
「時間もないのに、練習なんてできないだろ」
「家族もうるさいと嫌な顔をするだろう」
「どうせ下手なんだから・・・」
という感じで、心の中に「できない理由」が次々に浮かんでくるんですよ。ほんと、様々なブロックが僕の心にストップをかけようとするんですね。何をそんなに怖がっているんだか・・・
でも、こうした心の壁を突破することができたなら、僕はこの大切な「種」に少しずつ水をやって、本当の「たましいの歓喜」を感じられるようになる気がします。
絵や工作
音楽の他に、幼いころから僕が夢中になって取り組んでいたことに、絵や工作があります。手を使って、何かを作り上げる、ということが本当に好きだったんです。
絵なら、小さなスケッチブックと色鉛筆があれば、すぐにでも始められます。
片岡鶴太郎さんは、好きな画家のまねからスタートしたと言います。僕も「こんな絵を書いてみたいなぁ」というお手本を見つけるところから、始めてみようかな。
新たな喜びの発見
これまでの人生で知らなかった喜びも、たくさんあるはずです。
例えば、僕は「アウトドア」とは無縁の人生を送ってきました。昆虫も怖くて、少年時代に友人が虫取りに夢中になっていても僕は絶対に触りませんでした。
虫が苦手なのは今も変わりませんが、山登りやマリンスポーツといった自然とふれあう楽しみは、これまで僕が知らなかったものですが、きっと気持ちいいんだろうんぁ、という憧れを抱きます。
あと、僕はスポーツにもずっと無縁でした。何をやっても苦手で、避けてきたのです。でも、思いっきり身体を動かして汗を流すことへの憧れはずっと持っていました。
きっと自分にも楽しめるスポーツがあるのではないか。「たましい」というよりも、「身体」が歓喜するような新たなチャレンジを見つけられたら、きっと楽しいだろうなぁ。
40代のいま、自分の人生を生きる
自分で「できんない理由」を作って、挑戦することから逃げてきた「喜びの種」たち。
僕は今40代です。片岡鶴太郎さんは本の中で、「50代から取り組めば定年後の人生が豊になる」と説いています。ということは、まだまだ僕は間に合いますよね。
「たましいが喜ぶ種」を見つけるということは、「自分の人生を生きる」ということに他なりません。
これは僕にとって、とても重要なことです。「真の自立」を確立できないまま大人になってしまい、そのために夫婦関係を破綻させてしまった僕にとって、これからの人生にもっとも重要なのは「自分の人生を生きる」ということなのです。
【大人の発達障害】軽症・グレーゾーンだと子供のころに気付けず、問題をより深刻化させる(体験談1)僕が家庭内別居になった理由(体験談)自分が幸せであれば、自然に周りの人たちも幸せになっていく。
だったら、とことん自分を幸せにすればいい。たましいが喜ぶ種を見つけて、しっかり水をやればいい。自分の中にあるストッパーをすべて外して、思う存分、一回限りの人生を楽しみ尽くす。
そうありたいと思います。