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【演奏会の感想】シェーンベルク「浄夜」バイオリン石上真由子さん他(2019年8月 京都)

石上真由子シェーンベルク「浄夜」

こんにちは。そなてぃねです。

2019年8月17日に聴きに行ったシェーンベルク作曲「浄夜」の演奏会について書きます。

バイオリニストの石上真由子さんが主宰するENSEMBLE AMOIBE(アンサンブル・アモイベ)というコンサート・シリーズの20回目の公演でした。

6人の若手奏者による素晴らしい演奏で、狂おしいまでに官能的な「浄夜」を聴くことができました。

演奏会の概要

【ENSEMBLE AMOIBE SERIES vol.20】

  1. ウェーベルン作曲
    弦楽四重奏のための緩徐楽章
  2. シェーンベルク作曲
    浄夜

バイオリン:石上真由子

バイオリン:森岡聡

ビオラ:野澤匠

ビオラ:朴梨恵

チェロ:諸岡拓見

チェロ:山根風仁

 

2019年8月17日(土)17:00~

日本聖公会 京都聖マリア教会

 

そなてぃね感激度 ★★★★★

石上真由子さんの溢れ出る表現意欲

シェーンベルク(1874~1951)の「浄夜」は、なかなかライブで聴くチャンスのない、大変な難曲です。

このコンサートが実現したのは、バイオリニスト石上真由子さんの、この作品への熱い思いがあってのことだと思います。

ENSEMBLE AMOIBE(アンサンブル・アモイベ)は、「様々な編成、メンバー、場所で、固定概念にとらわれない変幻自在で自由度の高いコンサートを」という思いを込めて、2018年1月に石上真由子さんが始めたコンサート・シリーズです。

僕はこれまでに2回、このシリーズを聴きに行き、「この曲を弾きたい!」という石上さんの溢れんばかりの意欲に圧倒されました。

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シリーズ開始から1年8ヶ月で20回。月1回のペースで、毎回レアな作品を取り上げ続けるのは、並大抵なことではありません。

多忙な共演者のスケジュールを調整してリハーサルを組み、難易度の高い楽曲を仕上げるのは、大変なマネジメント能力が必要だと思います。

それに加えて、センス抜群のチラシを自作し、SNSでは文才に溢れた投稿でファン層を広げ、演奏会当日には自らチケット売り場に立つのです。

クラシック音楽の演奏家は、幼いころから「お稽古」というレールをひた走ることを求められるためか、自ら道を切り開く人材はあまり出てきません。

そういう点で、石上真由子さんのような企画力と実行力のある人は、稀有な存在と言っていいと思います。

その石上さんが、20回目の節目に選んだのが、シェーンベルクの「浄夜」でした。

ウェーベルン「緩徐楽章」の甘美な旋律

「浄夜」の前に演奏されたのが、シェーンベルクの弟子にあたるウェーベルン(1883~1945)の緩徐楽章でした。

ウェーベルンは革新的な作曲技法を生み出した「新ウィーン楽派」のひとりですが、この作品は12音技法に傾倒する前の初期のものです。

この曲を演奏したのは、石上真由子さん、森岡聡さん、野澤匠さん、山根風仁さんの4人。

甘美な旋律が印象的なこの作品について、第2バイオリンの森岡さんが書いた楽曲解説の一文が、とても素敵でした。

曲の冒頭から非常に美しいメロディーがそれぞれの楽器に現れ、絡み合い、それら複数の声部が濃密なハーモニーを醸し出し、実にロマンティックな音楽です。その音楽は長調と短調の間を彷徨い、自分の行き先を探し求めているように聞こえます。

若いウェーベルンが、これから新しい音楽を創造する前に、それまでの後期ロマン派に別れを告げる惜別の曲のような切なさと迷いと将来への決意のこもった曲と言えるのではないでしょうか。

彼らは、ひとつひとつの音に祈りを込めるように、そして身悶えするように切なく折り重なりながら、22歳のウェーベルンが残した青春の歌を奏でました。

【参考動画】 ウェーベルンの「緩徐楽章」の素敵な動画があったので、参考にご紹介します。タイ人、日本人、アメリカ人、中国人の4人によって結成された Zora Quartetの演奏です。

美しい教会の響き

京都聖マリア教会
この演奏会が行われたのは、京都市の京都聖マリア教会。

僕はキリスト教徒ではありませんが、教会では不思議と敬虔な気持ちになります。

天井の高い空間に響く音を聴いていると、心の奥の扉がそっと開くような気がします。

6人の若き演奏家たち

ENSEMBLE AMOIBE(アンサンブル・アモイベ)

1曲目のウェーベルンが終わった後、ちょっとしたトークがありました。石上真由子さんの演奏会では、毎度恒例のコーナーです。

今回は6人のメンバーが、それぞれ隣の人を紹介する、という趣向で行われました。

小学校時代からキッズオーケストラで一緒だったというメンバーもいれば、今回が初共演という人同士もいるようでしたが、お互いをとても尊敬し合っているのが伝わってきました。

才能ある若者同士がともに成長していく関係というのは、本当に素晴らしいですね。

リヒャルト・デーメルの詩と「浄められた夜」

シェーンベルクの「浄夜」には、狂おしいまでに官能的な魅力があります。

僕は高校時代にこの曲と出会い、部屋を真っ暗にして何度も繰り返し聴いた思い出があります。

その時、聴いていたのは、ジュリアード弦楽四重奏団と、名手ワルター・トランプラー(ビオラ)、ヨーヨー・マ(チェロ)が共演した録音でした。

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石上真由子さんが書いた文章に、この作品の魅力が見事に表現されています。

多くの弦楽器奏者が心を奪われ憧れてきた、後期ロマン派を代表する最高傑作のひとつです。ただ「美しい」だけではなく、「えぐみ」もある。美しくないけれど、とてつもなく美しい。背徳感はあるけれども、とてつもなく幸福である。

今の時代、矛盾だらけの世界に生きる私たちの心にグッと踏み込んでくる、そんな作品です。

「浄夜」は、同時代の詩人リヒャルト・デーメル(1863~1920)の同名の詩からインスピレーションを受けて作曲されました。

演奏会のプログラム・ノートには、その詩の全文が掲載されていました。少し長いですが、全文を引用します。

浄められた夜(「女と世界」から)
リヒャルト・デーメル

 

二人の人間が、葉が落ち、寒々とした林の中を歩いているー
月は彼らと歩みを共にし、彼らはそれを見上げる。
月が高い樫の木の上にかかり、
天の光を澱ませる雲ひとつなく、
黒い枝々がその光へと伸びている。
女の声が語るー

 

私は子供を宿しています。でも貴方の子供ではありません。
私は罪を背負って貴方の隣にいます。
私はひどい過ちを犯してしまったのです。
もはや自分が幸福を得られると思えずにいたけれど、
でも、どうしても、絶つことができなかったのです。
人生における生き甲斐、母となる喜び、
そして、その責任への想いを。ーそれで大胆にも、
身震いしながらも、我が身を委ねたのです。
見知らぬ男の人に。
そして、わが身に”祝福”を得たのです。
それなのに、今になって人生の報いを受けたのです。
今になって私は貴方と、ああ、貴方と巡り合ったのです。

 

彼女はこわばった足取りで歩く。
彼女は空を見上げる。月はともに歩むー
彼女の暗い眼差しは光にかき消される。
男の声が語るー

 

貴女の授かった子供を
どうか、貴女の魂の重荷にしないでほしい。
ほら見てごらん、この世界がなんと煌めいていることか!
この輝きがすべてを包み込んでくれる。
貴女は私とともに冷たい海の上を漂っているけれど、
お互いのぬくもりが、
貴女から私へ、私から貴女へと伝わり合うー
このぬくもりが、お腹の中の子を浄めるだろう。
どうかその子を、私のため、私の子として産んでほしい。
貴女は私の中に光をもたらし、
貴女は私をも子供にしてしまったのだ。

 

彼は彼女の身重な腰を抱き寄せ、
寒空の下、ふたりの吐息が交錯する。
二人の人間が、高く澄み渡り光り輝く夜空の下を歩いてゆく。

男女の様々な思いが凝縮した月夜の情景。

6人の演奏家たちは、この一遍の詩について、リハーサルで議論を交わしたといいます。

男と女の本当の思いとは…
そして「赦し(ゆるし)」とは…

ただ楽譜通りに演奏するのではなく、詩に込められた人間の本質を、彼らは深く掘り下げて考えたのだと思います。

演奏に身を委ねていると、僕は月に照らされた異国の林にいざなわれ、詩の世界を旅しているような錯覚に囚われました。

第1チェロの奏でる神々しい旋律が鳴ると、薄雲が晴れて月の光が林全体を青く照らし出す光景が見えるようでした。

僕はこれまでの人生でたくさんの過ちを犯し、大切な人を傷つけてきたけれど、いつかこんなふうに赦される日がくるのだろうか… などと考えました。

同じ空間にいたすべての人が、それぞれの「浄夜」を旅したことでしょう。

石上真由子さんは「赦し」の旋律のあたりから、ずっと涙を流しながら弾いているようでした。その姿が、心に焼き付いて離れません。

【参考動画】 海外の若手演奏家6人による動画を参考にご紹介します。ボルティモア交響楽団でアソシエイト・コンサートマスターを務めるAudrey Wrightを中心とした演奏です。

あとがき

素晴らしいライブに触れると、その後しばらくの間、日常生活の中のふとした瞬間に記憶がよみがえってきます。

旋律の断片、会場の空気、泣きはらした石上さんの表情…

思い出しながら、今日もがんばろうと思える。

このような時間を与えてくれた演奏家の皆さんに、心から感謝します。

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