こんにちは。そなてぃねです。
2019年9月に大阪で行われた、若手ピアニスト杉林岳(すぎばやし・がく)さんのピアノ・リサイタルを聴きました。
ウィーンで学ぶ青年で、優しい人柄の伝わってくる親密で穏やかな演奏でした。
演奏会の概要
【杉林岳ピアノ・リサイタル】
(第78回 朝の光のクラシック)
- シューベルト作曲
4つの即興曲 D. 899 - ドビュッシー作曲
ベルガマスク組曲 - ドビュッシー作曲
喜びの島
ピアノ:杉林岳
2019年9月28日(土)10:30~
ザ・フェニックスホール(大阪市)
そなてぃね感激度 ★★★☆☆
ピアニスト 杉林岳さん
ピアニスト 杉林岳さんは、桐朋学園音楽大学を卒業後、ウィーン市立音楽芸術大学のリート・オラトリオ声楽伴奏科の修士課程を首席で修了。
その後、2017年に同大学の器楽伴奏科の修士課程、さらに2019年に室内楽科の大学教育課程を首席で卒業しています。
コンクール歴としては、2010年にロザリオ・マルチアーノ国際ピアノコンクール(オーストリア)でシューベルト賞を受賞。
ビオラ奏者の丸山奏さんとのデュオで、2015年にブラームス国際コンクール(オーストリア)の室内楽部門で特別賞、ピネローロ・トリノ国際室内楽コンクール(イタリア)第3位、大阪国際音楽コンクールのデュオ部門で第1位、ボウルダー国際デュオコンクール(アメリカ)第3位などの成績を残しています。
つまり、伴奏と室内楽をしっかりと修練し、実績を重ねてきた方と言えそうです。
恩師に捧げたブラームス
書く順序が逆になってしまいますが、このリサイタルで僕が一番印象に残ったのは、アンコールの最後の曲として演奏された、ブラームスの「間奏曲 イ長調 作品118-2」でした。
慈愛に満ちたブラームス最晩年の小品を、杉林さんは優しく心を込めて奏でました。
演奏前に杉林さんが語った言葉には、恩師への敬愛が込められていました。
「去る9月25日に、ウィーンで師事していたパウル・バドゥラ・スコダさんが亡くなりました。恩師への追悼にこの作品を捧げます」
パウル・バドゥラ・スコダ(1927~2019)は、フリードリヒ・グルダ、イェルク・デームスとともに「ウィーン三羽烏」と呼ばれ、愛されたピアニストでした。
グルダは2000年に69歳で亡くなり、残りの2人はその後も長生きしましたが、2019年4月にデームスが90歳で先立つと、後を追うように5ヶ月後の2019年9月25日にスコダも息を引き取ったのでした。
92歳の誕生日の直前でした。
杉林さんが、どのくらいの期間、スコダの指導を受けたのかは分かりませんが、追悼に捧げられたブラームスからは、恩師への深い敬意が感じられました。
【参考動画】 杉林岳さんが最後に演奏したブラームスの「間奏曲 作品118-2」を、パウル・バドゥラ・スコダの演奏でどうぞ。
親密で心穏やかなシューベルト
前半がシューベルト、後半がドビュッシーというプログラムでしたが、杉林さんにはシューベルトが合っていると僕は感じました。
杉林さんは、とても穏やかな性格の方だと想像しました。
「俺が俺が!」と前に出るタイプではなく、後ろの方で優しく微笑んでいるような印象。
すべての音に気遣いが感じられて、ひとつひとつの和音のバランスなど、細やかな配慮が行き届いていました。
テクニックで圧倒したり、楽器を鳴らしまくるような派手さはなく、落ち着いて丁寧に音楽と向き合う方だと感じました。
そんな杉林さんの人柄が、シューベルトの音楽によく合っていました。
シューベルトは、31歳の若さで亡くなるまで、ずっと貧しいままでしたが、彼の才能を信じる友人たちから支援を受けて、膨大な作品を残しました。
そして、歌曲や室内楽曲は「シューベルティアーデ」と呼ばれる私的な夜会で披露され、友人たちを楽しませました。
杉林さんの演奏を聴いていると、200年近く前のシューベルトが、小さなサロンで、大切な友人たちのために演奏していた様子が思い浮かびました。
▼「シューベルティアーデ」の様子。シューベルトが友人たちに敬愛されていたことが伝わってきます。
オール・シューベルトにしてもよかった
後半に演奏されたドビュッシーも、決して悪くはありませんでした。
杉林さんの繊細さは、フランス音楽にも生かされていたと思います。
でも、杉林さんには、独自の道を極めていってもらいたいと感じました。
今回のプログラムも、ウィーンでスコダに師事した経験を生かして、オール・シューベルトにするくらいの潔さがあってもよかったのではないか…
勝手ながら、そんな感想を抱きました。
【参考動画】 今回のプログラムで杉林さんが演奏したシューベルトの即興曲を、師匠のパウル・バドゥラ・スコダの演奏でどうぞ。
室内楽のセンスの持ち主
実は、このリサイタルを聴く1年くらい前に、NHKの「リサイタル・ノヴァ」というFM番組で、女性バイオリニストの伴奏をする杉林さんの演奏を聴いたことがありました。
たしかリヒャルト・シュトラウスのバイオリン・ソナタだったと思いますが、杉林さんのサポートは実に見事で、センスのよさを感じさせるものでした。
今回のリサイタルを聴いて、ソロよりも室内楽の方が、杉林さんの個性を生かせるのではないかと強く感じました。
杉林さんには、際立った個性や、並外れたテクニック、ルックスも含めたスター性といった、ソリストに求められる過酷な条件は備わっていないかもしれません。
でも、繊細なバランス感覚や、丁寧な楽曲解釈、そして心穏やかな人柄を持っています。
こういった要素は、室内楽において、共演者に大きな信頼を与えると思います。
朝の光のコンサート
今回の公演は「朝の光のコンサート」というシリーズの第78回として組まれたものでした。
朝の光のコンサートの公式サイトによると、このシリーズは「週末の朝のひとときに、フレッシュな若い才能の晴れ舞台を」というコンセプトで、2004年に始まりました。
15年間で78組ということは、1年に平均5~6組を紹介し続けていることになります。主催者の心意気を感じますね。
過去の出演者には、今や国内外で大活躍している演奏家がたくさん含まれています。
かつては、国の重要文化財である大阪市中央公会堂で行われていたようですが、今は梅田のザ・フェニックスホールで行われています。
実はリサイタルの最後に、「朝の光」という名にふさわしい素敵な演出があります。
▼すべてのプログラムが終わると、ステージの反響板がせり上がって、ガラス越しに朝の光が差し込んでくるのです。
アンコールは、この朝の光の中で演奏されるのですが、視界が明るくなることで、聴き手の心が広がって、それまでの曲とは違った印象が心に残ります。
あとがき
僕は、若い演奏家のリサイタルを聴くのが大好きです。
彼らには、未熟な部分や足りない部分がたくさんあります。中には、いくら練習を重ねても埋められない弱点もあるかもしれません。
でも、その人にしかない輝きを磨いていくことができると思うのです。
そんなふうに考えながら若手の演奏に触れて、心の中で応援するのは、ささやかな幸せです。
そして、ふと自分自身を顧みて、「弱点ばかりの僕にも、何か磨いていける輝きがあるだろうか…」などと考えたりするのです。