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【書評・本の感想】恩田陸著『蜜蜂と遠雷』クラシック音楽を文章で描ききれるのか?

恩田陸「蜜蜂と遠雷」小説

こんにちは。そなてぃねです。

2016年に出版された、恩田陸著『蜜蜂と遠雷』を読みました。第156回直木賞(2016年下半期)と、2017年本屋大賞をダブル受賞して話題になった作品です。

国際ピアノコンクールを舞台に、4人のピアニストが自らの境遇と向き合い、葛藤を乗り越えて成長していく長編小説。2019年10月には映画も公開され、話題となりました。

▼映画『蜜蜂と遠雷』の感想はこちら。

映画「蜜蜂と遠雷」【映画の感想】松岡茉優主演『蜜蜂と遠雷』演奏シーンは迫真の出来栄えだったが…(ネタバレあり)

『蜜蜂と遠雷』のあらすじ

『蜜蜂と遠雷』

 

著者 恩田陸

発行 幻冬舎(2016年9月)

そなてぃね感激度 ★★★☆☆(星3つ)

 

第156回直木賞(2016年下半期)
2017年本屋大賞

 

〔文庫上巻〕近年その覇者が音楽会の寵児となる芳ヶ江国際ピアノコンクール。自宅に楽器を持たない少年・風間塵16歳。かつて天才少女としてデビューしながら突然の母の死以来、弾けなくなった栄伝亜夜20歳。楽器店勤務のサラリーマン・高島明石28歳。完璧な技術と音楽性の優勝候補マサル19歳。天才たちによる、競争という名の自らとの闘い。その火蓋が切られた。

 

〔文庫下巻〕2次予選での課題曲「春と修羅」。この現代曲をどう弾くかが3次予選に進めるか否かの分かれ道だった。マサルの演奏は素晴らしかった。が、明石は自分の「春と修羅」に自信を持ち、勝算を感じていた…。12人が残る3次予選(リサイタル形式)、6人しか選ばれない本選(オーケストラとの協奏曲)に勝ち進むのは誰か。そして優勝を手にするのはー。(文庫本の裏表紙から引用)

国際ピアノコンクールの緊張感を活写

『蜜蜂と遠雷』には、国際ピアノコンクールの現場の様子が、かなり正確に描かれています。その点に、まず感心しました。

僕は以前、日本有数の音楽コンクールの舞台裏で、スタッフとして働いたことがあります。

舞台袖でのコンテスタントたちの尋常でない緊張感や、審査員たちが真剣に悩みながら採点する様子などを、至近距離で体感しました。

その臨場感が、この小説にはよく描かれています。1次予選から本選までの2週間以上にわたる現場のディテールが活写されています。

あとがきによると、恩田陸さんは、3年に1回行われる浜松国際ピアノコンクールを、2006年、2009年、2012年、2015年と足掛け9年にわたって取材したそうです。

経費のかかる現地取材を4回も許可した幻冬舎もなかなかの太っ腹ですが、不思議なことに、これだけ通い詰めたにもかかわらず、恩田さんは客席からひたすら演奏を聴いただけで、舞台裏にはほとんど足を運ばなかったとか。

そういう取材方法でありながら、ステージマネージャーや調律師の仕事ぶりなど舞台裏の様子をあれだけリアルに描けるのは、さすがの想像力だと思いました。

音楽を文章で表現する難しさ

『蜜蜂と遠雷』は、文庫本で上下巻合わせて1000ページ近くもある大著です。

その多くの部分が、楽曲のディテールや演奏者の心理、審査員や聴衆たちの感情など、音楽そのものに関わる描写に費やされています。

こういった描写を面白いと思えるかどうかが、この作品への評価の分かれ目になりそうです。

なぜなら、この作品にはストーリーらしきものが存在せず、ただ淡々と1次予選から2次予選、3次予選、本選と、日記のように進行していくだけだからです。

悪役は登場せず、スリルもサスペンスもありません。読むのを苦痛に感じる人もいるのではないでしょうか。

僕の場合は、もともとクラシック音楽が好きで、コンクールの現場も肌で知っているので、「この音楽を、この現場を、恩田陸さんはこんなふうに表現するのか」という興味を持って読むことができました。

一人称が入れ替わっていく手法もうまく使われていて、楽曲の解説だったのが、いつの間にか演奏者の追想になり、それがさらに聴き手の感情の変化に移り変わっていく、というふうに、ひとつの演奏シーンが様々な視点で語られていくのは面白かったです。

しかし、音楽を文章で表現する難しさも感じました。

「いくらなんでも長すぎるだろ」と突っ込みたくなるくらい冗長なところも多く、長いわりには語彙が乏しくて似たような表現が繰り返されるので、食傷気味になったのも正直なところです。

もっと洗練された言葉で、小説家にしか書けない機微に触れる表現をしてほしかったです。

4人の登場人物に共感できるか

「あらすじ」に引用したように、『蜜蜂と遠雷』は、4人のピアニストの物語です。

4人のうち3人が、それぞれに異なる背景を持つ「天才」として描かれています。

彼らの個性を明確に描き分けられるかどうかが重要なポイントになりますが、僕にはちょっと説得力が足りないように感じられました。

特に、16歳の風間塵の設定にはかなり無理があり、首を傾げざるを得ませんでした。

養蜂家の父親とともに移住生活をしている、という設定そのものがリアリティに欠けていますが、それは置いておくとしても、ピアノを持っていないのに圧倒的なテクニックを身に付けているというのは、どう考えてもおかしい。

演奏技術というものは、地道な練習の積み重ねの先にしかありません。

人気漫画『ピアノの森』の主人公、一ノ瀬海だって、優れた恩師のもとでしっかりした訓練を積んだからこそ花開いた天才です。

そういう意味で、風間塵は、漫画以上に漫画的なキャラクターと言えます。

国際ピアノコンクールの「リアル」を描きたいのであれば、彼のような「ファンタジー」を登場させるべきではなかったと思います。キャラクター設定の甘さが、作品全体の説得力を落としているのは残念です。

スターになることが約束されたマサル・カルロスも、かつての天才少女、栄伝亜夜も、人物像がフワフワしていて、深く共感できるほどのリアリティが感じられませんでした。

やはり3人も「天才」がいると、すべてが中途半端になる悪い例と言えます。

唯一、最年長の高島明石だけは、他の3人と明確に位置づけが違うこともあって、印象に残りました。

妻子がいて生活のために会社勤めをしているけれど、音楽への思いを諦められない。「天才」にはなれなかったけれど、「生活者」の自分だからこそ、奏でられる音楽があるはずだ…

そういう彼の挑戦に、アラフォー凡人サラリーマンの僕は、共感することができました。

コンクールをただ淡々と描くという挑戦

色々と批判的なことも書いてしまいましたが、それでも僕は、この作品は意義のあるものだったと思っています。

コンクールという行事には、本来スリルもサスペンスもありません。殺人事件は起こらないのです。

ひとりひとりのコンテスタントの小さなドラマの集積であって、全体としては、ひたすら淡々と進んでいくだけ。

それをそのまま淡々と描くというのは、大きな挑戦だったと思います。

それに、本選に残る数名のコンテスタントというのは、全員がある意味「天才」であって、その差は専門家も採点に困るくらいに近接しているものです。

そういう上位数名の個性を描き分けるという難しい課題に挑んだことは、評価すべきことだと思います。

小説『蜜蜂と遠雷』の正しい楽しみ方

前述したように、この作品の大部分は演奏シーンで占められています。

その冗長とも言えるシーンを楽しむには、場面ごとの音楽を聴きながら読むのが一番です。

僕は実際、読んでいるシーンの音楽をスピーカーで鳴らしながら読みました。そうするとより臨場感を感じながら読めるし、聴き慣れた音楽も新鮮な気持ちで聴けるので、一石二鳥です。

▼4人の演奏曲目リストはこちら。

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あとがき

出版から3年も経ってから、ようやく『蜜蜂と遠雷』を読みました。

キャラクター設定や、構成や、ストーリーの立て方など、色々と不満を感じる部分もありましたが、恩田さんの音楽への愛情はしっかりと感じることができました。

▼映画『蜜蜂と遠雷』の感想はこちら。

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