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【映画の感想】松岡茉優主演『蜜蜂と遠雷』演奏シーンは迫真の出来栄えだったが…(ネタバレあり)

映画「蜜蜂と遠雷」

こんにちは。そなてぃねです。

2019年10月に公開された映画『蜜蜂と遠雷』を見ました。ベストセラーとなった恩田陸の小説を映画化したものです。

国際ピアノコンクールを舞台に、4人のピアニストがそれぞれの境遇と向き合い、葛藤を乗り越えていく物語。

演奏シーンを含め、どこまでリアリティのある映画に仕上がったのか。

クラシック音楽をずっと愛してきて、コンクールの舞台裏にも関わったことがある僕が、感想を述べます。

映画『蜜蜂と遠雷』の概要

映画『蜜蜂と遠雷』

 

原作:恩田陸

監督・脚本・編集:石川慶

「春と修羅」作曲:藤倉大

 

〔出演〕
松岡茉優
松坂桃李
森崎ウィン
鈴鹿央士

 

〔ピアノ演奏〕
河村尚子
福間洸太朗
金子三勇士
藤田真央

 

公開:2019年10月4日

そなてぃね感激度 ★★★☆☆(星3つ)

▼約1分半の予告編です。

1000ページの大著をどう2時間にするか

この映画の原作は、2016年に出版された恩田陸さんの同名小説です。直木賞と本屋大賞をダブル受賞し話題になりました。

国際ピアノコンクールの1次予選から本選まで、2週間にわたる現場の様子を淡々と描きながら、4人の若手ピアニストの成長に光を当てています。

▼小説『蜜蜂と遠雷』の書評はこちら。

恩田陸「蜜蜂と遠雷」小説【書評・本の感想】恩田陸著『蜜蜂と遠雷』クラシック音楽を文章で描ききれるのか?

映画化するにあたって、まず考えなければならないのは、文庫本で上下巻合わせて1000ページ近くになる大著を、どのように2時間に凝縮するかということでしょう。

今回の作品では、映画でしか表現できない「迫真の演奏シーン」に感動する一方、リアリティに欠ける設定や、人物描写の甘さを感じる部分もありました。

演奏シーンは迫真の出来栄え

映画『蜜蜂と遠雷』の白眉は、迫真の演奏シーンです。

僕は幼いころからクラシック音楽のファンで、数多くの映像を見てきましたが、この映画の演奏シーンのクオリティは史上最高水準だと思います。

特に印象的だったのが、松岡茉優さん演じる栄伝亜夜と、鈴鹿央士さん演じる風間塵が、月明かりの中でセッションするシーンでした。

▼こちらの動画を、ぜひご覧ください。

奇跡的に美しいシーンですよね…

月光に照らし出された2人の表情は神々しくて、「音楽で会話するとは、こういうことか…」と胸が熱くなりました。

コンクールの舞台では、さらに難易度の高い課題曲が演奏されますが、本当にその登場人物が演奏しているように見えます。彼らは、プロコフィエフやバルトークの超難曲も、ちゃんと楽譜通りに指を動かしているのです。

もちろん、音源はプロのピアニストが演奏していて(後述)、俳優さんはその音に合わせて演技をしているわけですが、音にぴったり合うように指を動かすのは至難の業です。

僕はテレビ番組の制作会社で音楽番組の制作をした経験がありますが、こうした「吹き替え」「当て振り」と呼ばれる撮影は、本当に大変なのです。

この映画では、指だけでなく体の動きや顔の表情も曲調と完全に溶け合っていて見事でした。どれだけテイクを重ねたのだろうと思うと、気が遠くなります。

4人の俳優さんたちは、どれほど稽古を積んだことでしょう。その努力は、しっかりと実を結んでいたと思います。

演奏シーンのカメラワークも見事で、4人のコンテスタントの個性が映像でうまく描き分けられていました。

高島明石 演奏シーン

例えば、28歳でラストチャンスのコンクールに挑む高島明石(松坂桃李さん)の演奏シーンでは、オーソドックスなアングルから落ち着いたカメラワークで撮影することで、地に足のついた大人の雰囲気を出していました。

風間塵 演奏シーン

ピアノを持っていない型破りの天才、風間塵(鈴鹿央士さん)の演奏シーンでは、ピアノの真下から見上げるように表情を捉えることで、非現実的な才能を印象づけました。

マサル・カルロス 演奏シーン

優勝候補のマサル・カルロス(森崎ウィンさん)の場合は、鍵盤の俯瞰から顔の正面へのダイナミックなクレーンワークで、スケールの大きさを表現していました。

栄伝亜夜 演奏シーン

松岡茉優さん演じる栄伝亜夜は特に印象的。ラストで演奏したプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番は圧巻で、完全に音楽と一体化した感動的な映像表現を見せてくれました。

(静止画はすべて公式トレイラーから引用)

藤倉大作曲「春と修羅」の魅力

もう一つ、この映画の功績を挙げておきます。

それは、架空の作曲家、菱沼忠明がコンクールの課題曲として作曲した「春と修羅」という現代作品を、実際に聴かせてくれたことです。

作曲を担当したのは、ロンドン在住の作曲家、藤倉大(ふじくら・だい)さん。

1977年生まれの42歳(2019年現在)。現在もっとも国際的に活躍している日本人作曲家のひとりです。

彼はいわゆる「現代音楽」の作曲家ですが、難解なだけの作品ではなく、新しい聴覚体験で耳を楽しませてくれる作品を生み出しています。

そんな藤倉さんが、小説のディテールを読み込んで書き上げた「春と修羅」は本当に美しい作品で、僕には、雪の結晶が光を反射しながら刻々と形を変えていくような、儚(はかな)さが感じられました。

▼こちらの動画で「春と修羅」の冒頭40秒ほどを聴くことができます。

本当に美しい響きですよね… こんな素晴らしい音楽を生み出すきっかけになった小説『蜜蜂と遠雷』は、やはり偉大な作品だと改めて思いました。

そして、この曲のラストには、演奏者が自由に弾くよう指示された「カデンツァ」が置かれています。

藤倉さんは、4人のピアニストたちそれぞれのカデンツァも書き分けて、それぞれの個性を際立たせています。その違いは、ぜひ映画館で確かめてみてください。

▼藤倉大作曲「春と修羅」の楽譜が出版されています。大変な難曲ですが、挑戦しがいがありそうですね。

▼藤倉さんが「春と修羅」にまつわるエピソードを語ったインタビュー動画。

4人の若手ピアニストたちの競演

4人の登場人物の演奏は、4人の若手ピアニストが担当しています。簡単にご紹介しましょう。

河村尚子 → 栄伝亜夜

再起をかけるかつての天才少女、栄伝亜夜20歳の演奏を担当するのは、河村尚子(かわむら・ひさこ)さん。

2006年に世界最難関と言われるミュンヘン国際音楽コンクールで第2位。繊細さとスケールの大きさを兼ね備えた素晴らしいピアニストです。

まだ若いのにドイツの芸術大学で教授として後進の指導にもあたっておられます。

▼栄伝亜夜の演奏曲目リストはこちら。

栄伝亜夜イ【蜜蜂と遠雷】演奏曲目リスト②栄伝亜夜 予選から本選までの全13曲の楽曲解説とおすすめの動画まとめ

福間洸太朗 → 高島明石

妻子持ちのサラリーマンで最後のコンクールに挑む高島明石28歳は、福間洸太朗(ふくま・こうたろう)さんが担当。

クリーブランド国際コンクール第1位など華々しい受賞歴を持っています。現代音楽を得意とし、クールで洗練された演奏が魅力です。

ベルリンを拠点に国際的に活躍中。

▼高島明石の演奏曲目リストはこちら。

高島明石イラスト【蜜蜂と遠雷】演奏曲目リスト③高島明石 予選から本選までの全13曲の楽曲解説とおすすめの動画まとめ

金子三勇士 → マサル・カルロス

ペルーの日系三世を母親に持つマサル・カルロス19歳は、金子三勇士(かねこ・みゆじ)さんが演奏しています。

金子さんはマサルと境遇が似ています。日本人の父親とハンガリー人の母親の間に生まれ、異なる文化の中で生きる難しさを経験してきたそうです。

ダイナミックな演奏が持ち味で、国内外で活発な演奏活動を繰り広げておられます。

▼マサル・カルロスの演奏曲目リストはこちら。

マサル・カルロス イラスト【蜜蜂と遠雷】演奏曲目リスト④マサル・カルロス 予選から本選までの全12曲の楽曲解説とおすすめの動画まとめ

藤田真央 → 風間塵

養蜂家の父親とともに移住生活をしているという型破りの天才、風間塵16歳の演奏は、藤田真央(ふじた・まお)さんが手掛けています。

藤田さんは1998年生まれの20歳(2019年10月現在)。2019年のチャイコフスキー国際コンクールで第2位に輝き、大きな話題となりました。

瑞々しいタッチの演奏で、これからの活躍が期待されています。

▼風間塵の演奏曲目リストはこちら。

風間塵イラスト【蜜蜂と遠雷】演奏曲目リスト①風間塵 予選から本選までの全13曲の楽曲解説とおすすめの動画まとめ

オーケストラのシーンは真実味に欠ける

僕がこの映画で、どうにも納得がいかなかったのは、オーケストラが登場するシーンです。

鹿賀丈史さん演じる指揮者は、気難しい巨匠という設定に変更されていて(小説は違う)、これが非常に違和感がありました。

コンクールでの指揮者の仕事はコンテスタントのよさを最大限に引き出すこと。未熟な若手ソリストをうまくサポートすることが求められるので、我の強い巨匠タイプではなく、職人肌の指揮者が起用されるのが普通です。

しかし映画では、鹿賀丈史さん演じる指揮者が、マサル・カルロスや栄伝亜夜を威圧し、不安な箇所の練習にも付き合おうとしない。こんなことは実際にはあり得ません。

原作の小説は良くも悪くも淡々としていて、こういう「悪役」は登場しませんが、映画ではストーリーに起伏を出すために指揮者に悪役的な役割を持たせたのでしょう。

こういう余計な設定変更は、原作を貶めるだけなので、やるべきではなかったと思います。

他にも違和感はたくさんありました。

例えば、最初のオーケストラ練習で、なぜかブラームスの交響曲が演奏されるのですが、コンクールのリハーサルで、ソリストがからまない曲のリハーサルが行われるはずがない。

これも、指揮者の「権威」を強調するためだけの、取ってつけたようなシーンだから変なことになるのです。

また、マサル・カルロスとオーケストラの練習シーンでは、合奏がうまくいかない箇所で、マサルが手を上げて何度もオーケストラを止めるのですが、これも絶対にあり得ません。

オーケストラを止めていいのは指揮者だけ。頭脳明晰なマサルが、そんな常識を知らないはずがない。「悪役」との対決を際立たせるために、小説にはないやり取りを付け加えたのが裏目に出ました。

原作の醍醐味は、コンクールの臨場感にあります。そのリアリティが損なわれるような演出は、やるべきではなかったと思います。

4人の登場人物に感情移入できたか

さらに深刻な問題は、4人の登場人物に感情移入しきれなかったことです。

主人公を栄伝亜夜に絞ったのは正解だったと思いますが、その分、他の3人のディテールが端折られすぎて、彼らの境遇もコンクールにかける思いも伝わってきませんでした。

僕は事前に小説を読んでいたので、情報を補いながら観ることができましたが、それでも人物の描写は説得力に欠けると感じました。

もし、小説を読まずに観たとしたら、どうだったでしょうか…

1000ページの大著を、2時間に凝縮するのは大変なことだと思いますが、その難しさを乗り越えて、それぞれの人物をより陰影の深いものとして描き出してもらいたかったです。

あとがき

映画『蜜蜂と遠雷』の最大の魅力は、小説では表現できない迫真の演奏シーンです。これは本当に観る価値があると思います。

でも、人物描写は説得力が足りないように感じられ、違和感のある設定もあり、ちょっと批判的な感想になってしまいました。

映画化することの、よさと難しさを思い知らされた作品でした。

▼小説『蜜蜂と遠雷』の書評はこちら。

恩田陸「蜜蜂と遠雷」小説【書評・本の感想】恩田陸著『蜜蜂と遠雷』クラシック音楽を文章で描ききれるのか?

▼4人の演奏曲目リストはこちら。

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▼原作の小説『蜜蜂と遠雷』もぜひ。

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