2017年4月17日の読売新聞に「麻酔使った『無痛分娩』で13人死亡…厚労省、急変対応求める緊急提言」という記事が掲載されました。ぼくの妻は5年前、無痛分娩に伴う医療事故で長期間にわたって苦しんだ経験があります。ですのでこの記事は、とても気になるものでした。
【無痛分娩を考えている人へ】メリットとデメリット、硬膜外麻酔のリスク、僕の妻が体験した医療事故2017年4月17日読売新聞の記事
まずは、記事の内容を見てみましょう。
麻酔使った「無痛分娩」で13人死亡…厚労省、急変対応求める緊急提言
出産の痛みを麻酔で和らげる「無痛 分娩ぶんべん 」について、厚生労働省研究班(主任研究者・池田智明三重大教授)は16日、医療機関に対し、急変時に対応できる十分な体制を整えた上で実施するよう求める緊急提言を発表した。
研究班は、2010年1月から16年4月までに報告された298人の妊産婦死亡例を分析。無痛分娩を行っていた死亡例が13人(4%)あり、うち1人が麻酔薬による中毒症状で死亡、12人は大量出血や羊水が血液中に入ることで起きる羊水塞栓(そくせん)症などだったという。
池田教授によると、国内の無痛分娩は近年、増加傾向にあり、データ上、無痛分娩で死亡率が明らかに高まるとは言えないという。ただし、「陣痛促進剤の使用や(赤ちゃんの頭を引っ張る)吸引分娩も増えるため、緊急時に対応できる技術と体制を整えることが必要だ」と話している。
(引用:読売新聞)
この新聞記事の前日、2017年4月16日の夜には、NHKのニュースでも同内容が放送されました。
第69回 日本産科婦人科学会
記事で取り上げられたのは、2017年4月13日(木)~16日(月)に、広島で行われた「第69回 日本産科婦人科学会」です。
ここで行われた学術講演会の中の、
「妊産婦死亡事例分析からみた『母体安全への提言 2015』」
というプログラムでの発言が、記事で取り上げられたのです。講演したのは三重大学の池田智明教授です(池田先生のインタビュー記事を見つけました。参考にこちらもご覧下さい)。
僕自身は、妻の医療事故の経験もあり、安易に無痛分娩を選択する傾向には批判的な立場です。ですので、今回の池田先生の指摘には違和感を感じませんでした。
しかし、yahoo! ニュースのコメント欄には、今回の記事に対する非難が殺到しています。典型的なものを、いくつか引用してみましょう。
■まるで無痛分娩が悪いという印象を与えかねない見出し。。。
■パーセンテージから言えば自然分娩のが死亡率が高いのでは?
■無痛分娩時になくなった産婦が13人、そのうち麻酔によるのが1人。残りの12人は麻酔が原因って訳ではないのかな?じゃあ普通分娩のリスクと比較しないと意味がない。
■タイトルがよくない…これだと「無痛分娩がよくない」って言ってるみたい。ただでさえ無痛分娩に対して「お腹を痛めて産んだ子じゃないとかわいがれるわけがない」とか言う偏見を聞くのに。
■この書き方だとちゃんと読まない人に無痛分娩悪と捉えられてしまう。さらに無痛に理解がなくなる。私は無痛分娩ですごく助かったし、選択してよかった。でも無痛分娩だったと知られた時に「ずるーい!ズルしたんだ!」と言われた。そんな風に言われる覚悟は当然できているが、この記事でさらに風当たりは強くなるなと思う。
(引用:yahoo! ニュース)
確かに、記事を読む限り、無痛分娩の方が自然分娩よりも死亡率が高いのかどうかが不明確です。詳細なデータがまったく示されていないからです。
無痛分娩で死亡した13人の内訳についても、
・1人 → 麻酔薬による中毒症状
・12人 → 大量出血や羊水塞栓症
と書かれているだけです。無痛分娩が直接的な死因ではなかったのではないか、という読み方もできますよね。
にもかかわらず、記事のタイトルは、無痛分娩によって死亡率が上がっているかのようなショッキングな文言になっています。この取り上げ方は正しいのでしょうか。記事は正確に学会の内容を反映しているのでしょうか。
記事を非難する人の中には、無痛分娩の恩恵を受けた女性たちの声が多く含まれています。また、これから無痛分娩を行う予定の女性たちからも「不安を煽らないでほしい」という意見が挙がっています。こうした女性たちの声も、分かる気がします。
2年前の学会での報告
新聞記事だけでは学会発表の内容がよく分からないので、日本産科婦人科学会のウェブサイトを見てみました。今回の学術発表の内容が掲載されているのではないかと思ったからです。
ですが、まだ学会が終わったばかりだからか、講演内容が文字になった資料は見つけることができませんでした。
代わりに、池田先生が2年前(2015年9月)に発表した学術講演のPDFを見つけました。こちら↓です。
かなり専門的な内容なので、素人の僕には正確に読み取ることは難しいのですが、いくつか分かったことを箇条書きにしてみます。
- 日本産科婦人科学会では、2010年(平成22年)以降、日本全国で起こった妊産婦の死亡に関して、正確な統計データを取っている。
- そのデータをもとに、1ヶ月ごとに小委員会、3ヶ月ごとに本委員会を開いて、死亡原因などを解析し、現場にフィードバックしている。
- 2010年~2013年(平成25年)までの4年間に、197例の妊産婦の死亡例が報告されている。その死因を解析したグラフがこちら。
- 死因のトップは出血死で、全体の26%を占めている。これは先進国の中ではかなり悪い数字で、医療体制の遅れを物語っている(他の先進国では、心疾患など間接的な死因がトップとなっているらしい)。
- 講演に参加した専門家たちに対して、「硬膜外麻酔による無痛分娩を行っているか?」というアンケートが行われた。その結果、①比較的頻繁に行っている(17%)、②まれに行っている(26%)、③行っていない(57%)との回答を得ている。
- ただし、この時の報告では、無痛分娩の危険性については触れられていない。
今回の学会では何が報告されたのか
それでは、今回の学術講演『母体安全への提言 2015』では、何が発表されたのでしょうか。新聞記事から読み取れる重要なポイントは、次の2点です。
- 2010年~2016年4月までに298人の妊産婦死亡例が報告されている(前回の報告からおよそ3年間で101例増えている)。
- そのうち、無痛分娩を行っていた死亡例は13人(4%)である。
この情報を検証するには、お産をする女性のうち何%が無痛分娩を選択しているのかを知る必要があります。
日本産科麻酔学会が公表している 2007 年度厚生労働省研究助成調査結果によると、全分娩のうち、硬膜外無痛分娩(もっとも一般的な無痛分娩の方法)を行った妊産婦の割合は「2.6%」だったそうです。
データが10年前のものなので、2017年現在は無痛分娩率が上昇している可能性もあると思いますが、最新のデータを見つけることはできませんでした。ですので、ここでは仮に、無痛分娩率が「2.6%」だとしましょう。
- 無痛分娩率は「2.6%」
- 死亡した妊産婦の無痛分娩率は「4%」
ということですね。これは何を意味しているのでしょうか。ずばり、
「無痛分娩は死亡率を高める」
ということを示しているのです(もちろん誤差の範囲である可能性もあります。その検証をするためにも、詳細なデータを見なければなりません)。
おそらく今回の学会では、最新の統計データを示しながら、無痛分娩が死亡率を高める可能性があることに言及し、問題提起がなされたものと思われます。だとしたら、新聞記事はもっと正確にデータを反映する必要があったと思います。
詳しくは講演のレジメが公開されるのを待つことにしましょう。
〔追記〕無痛分娩は死亡率を高めない
2017年4月25日の新聞に掲載された「無痛分娩で出産中に意識失い死亡 子どもは無事 大阪」という記事に、次のような記述がありました。
「2008年度の調査では国内のお産全体の2.6%と推計されたが、現在は5~10%ほどに増えているとみられている」
この記事にあるように、現段階の無痛分娩率が「5~10%」だとすると、上記の推測は違ってきます。
- 無痛分娩率は「5~10%」
- 死亡した妊産婦の無痛分娩率は「4%」
ここから考えられる推測は、
「無痛分娩は死亡率を高めることはない。むしろ死亡率を低くする可能性もある」
ということになりそうです。記事に対するコメント欄に多くの書き込みがあるように、無痛分娩を悪者のように扱うのは不当なのかもしれません。硬膜外麻酔によるリスクを理解していれば、無痛分娩は決して死亡率を高めるものではないと言えそうです。
どんな形のお産にもリスクは伴う。命がけ。それが真実なのでしょう。
ただ、妻が無痛分娩による事故で苦しんだ経験を持つ僕としては、ひとつ懸念している点があります。それは産科における麻酔医のマンパワーの問題です。硬膜外麻酔は、無痛分娩だけでなく様々な医療現場で使われる手法で、一定の確率で副作用や合併症を引き起こします。重要なのは、こうしたトラブルが起きた時に迅速に適切な対応がとれるかどうかです。
僕の妻が出産した産院は個人病院でした。麻酔医は専属ではなく、他院からの応援かフリーランスのように思われました(詳細は聞けず)。僕の妻の場合は、出産中は麻酔が効かず、針を刺しなおすなどの処置がとられましたが、異変には気付きませんでした。明かな症状が生じたのは出産後でした。その段階では、もう麻酔医はおらず、麻酔に関する知識に乏しい産科医がいい加減な対応しかしてくれませんでした。
こういった経験から、僕はこう推測しています。硬膜外麻酔によるリスクは、無痛分娩だからといって高いわけではない。ただし、ひとたび麻酔によるトラブルが起きた時の対応力は、産科の現場では、まだまだ低いのではないか。
新聞記事のラストに書かれている池田先生のコメント「緊急時に対応できる技術と体制を整えることが必要だ」は、こうした体制の弱さを指摘しているのではないでしょうか。
「無痛分娩は楽そうだから」という安易な理由ではなく、様々な面から十分に検討して、最善の選択をしていただきたいと思います。
羊水塞栓(そくせん)症について
無痛分娩の死亡例13人のうち、12人が大量出血や羊水塞栓症を起こしていた、と記事には書かれています。羊水塞栓症とは何でしょうか。
日本産婦人科・新生児血液学会のウェブサイトによると、羊水塞栓症とは、羊水が母体血中へ流入することによって引き起こされる「肺毛細管の閉塞を原因とする肺高血圧症と、それによる呼吸循環障害」を病態とする疾患である、とされています。
簡単に言うと、胎児のまわりを満たしてる羊水が、なんらかのきっかけで母親の血液中に入ってしまいます。羊水の成分は血液中で固まる性質があるため、毛細血管を詰まらせてしまいます。その結果、血圧が上昇し、呼吸障害や循環器障害が起こります。場合によっては、死に至るというわけです。
この羊水塞栓症は、妊産婦が死亡する大きな原因のひとつになっています。
そして、羊水塞栓症が起こるリスクを、5倍以上に押し上げる要因が3つ挙げられます。
- 帝王切開
- 鉗子分娩
- 子癇(しかん)
無痛分娩と関わりが深いのが「鉗子分娩」です。無痛分娩では、妊婦はうまくいきむことができないため、トングのような金属製器具で赤ちゃんの頭を挟んで引っ張り出す「鉗子分娩」や「吸引分娩」に移行する可能性が高くなります。帝王切開に切り替えられる確率も高くなります。帝王切開は、羊水塞栓症のリスクを12.5倍も押し上げます。
無痛分娩
↓
鉗子分娩・吸引分娩・帝王切開
↓
羊水塞栓症
↓
妊産婦死亡
無痛分娩を行うことによって、このようなリスクが増大することは、十分考えられそうです。今回の新聞記事の最後に、「陣痛促進剤の使用や(赤ちゃんの頭を引っ張る)吸引分娩も増えるため、緊急時に対応できる技術と体制を整えることが必要だ」という池田先生のコメントが引用されていますが、こうしたリスクへの警鐘なのだと思います。
以上、今回の新聞記事をもとに、僕なりに分析してみました。記事にはデータがきちんと書かれていないため、多くの誤解を生んでいるように思います。やはり、無痛分娩は妊産婦死亡のリスクを高める要因になり得るのだと考えられます。学会のレジメが公表されたら、また改めて検証してみたいと思います。
妊娠・出産・無痛分娩に関する記事について
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特に妻が医療事故にあって苦しんだ無痛分娩については多くの記事を書いています。
妻がつらい思いをしているときに上手に助けてあげられなかったダメ夫の反省を交えて書いたものです。参考にしていただけますと幸いです。