【無痛分娩】2016年5月に京都の産婦人科で起こった事故 母子ともに脳障害で提訴 ―全脊髄麻酔に陥ったか―

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4月に続いて、無痛分娩にからむ痛ましい医療事故が、また新聞記事で明らかになりました。母親は全身不随の重度障害、赤ちゃんも脳性まひで意識不明という重大な事故です。情報は少ないですが、新聞記事を頼りに考えてみます。

2017年6月6日の新聞記事

無痛分娩 タイトル2

今年4月25日には、大阪で31歳の母親が無痛分娩での出産中に意識不明となり、その後亡くなるという医療事故が起こりました。あくまで僕の私見ですが、麻酔によるアナフィラキシーショックが起こったのではないかと考えられます。個人病院だったため麻酔事故へのバックアップ体制が脆弱で、トラブルに対応できなかったことが想像されました。

今回報道された事故は、2016年5月に京都の個人病院で起こりました。まずは記事の内容を見てみましょう。

「麻酔ミス」母子に重度障害 京都、産婦人科を提訴

帝王切開の麻酔のミスで昨年5月、妊婦の女性(38)と長女(1)が重度の障害を負ったとして、女性の夫(37)と両親らが、京都府京田辺市の「ふるき産婦人科」を相手取り、計約3億3千万円の損害賠償を求める訴訟を京都地裁に起こしたことが、6日までに分かった。女性は首から下が動かず意思疎通も困難な重度障害となり、長女は現在も意識不明で、脳性まひなどを負ったという。

訴状などによると、女性は妊娠中から同医院で定期検診を受け、帝王切開で出産することになった。「無痛分娩」と呼ばれる出産方法と同じで、脊髄を保護する硬膜の外側に細い管(カテーテル)を差し込んで麻酔薬を注入する硬膜外麻酔を受けた。

だが、女性は容体が急変し、呼吸不全で一時心肺停止となり、蘇生後脳症になったという。救急搬送先の宇治市内の総合病院で帝王切開して産まれた長女も低酸素脳症で、脳性まひや呼吸機能障害を負ったという。

夫側は、「硬膜に麻酔すべきところを、漫然とクモ膜下下腔に麻酔薬を注入させ全脊髄麻酔の状態を招いた過失があった」とし、気道確保や他の病院への搬送が遅れるミスなどを主張し、逸失利益や慰謝料、介護費用などを求めている。

5月にあった第1回口頭弁論で医院側は、請求棄却を求めた。ふるき産婦人科の古木和彦院長は、事務員らを通じて、「裁判中なのでコメントできない」とした。

日本産婦人科医会によると、同会には会員の医師から重大事故を年ごとに報告してもらう制度がある。同事故に関しては昨年の発生だが、報告はなかった。同会として事故があったことは先週までに把握しており今後、対応を検討するという。

(引用:京都新聞

〔追記〕
2011年4月に京都の産院で起こった医療過誤訴訟。赤ちゃんが脳に重大な障害を持って生まれ、その後3歳で亡くなったという痛ましい事故でした。事故の原因のひとつとして「陣痛促進剤」の過剰投与が示唆されています。
【無痛分娩】2011年4月に京都の産婦人科で起こった事故 脳に障害、3歳で死亡 ―陣痛促進剤の過剰投与か―

〔追記〕
2012年11月に京都の同じ病院で起こった訴訟。母子ともに意思疎通のできない重大な障害を負いました。原因の可能性として「局所麻酔薬中毒」が挙げられました。
【無痛分娩】2012年11月に京都の産婦人科で起こった事故 母子ともに脳障害で提訴 ―局所麻酔薬中毒か―

〔追記〕
2015年8月には、神戸の病院で、36歳の母親が陣痛促進剤の過剰投与と思われる子宮からの大量出血などで亡くなる事故がありました。異変が起こった後の病院側の対応にも問題があり、刑事告訴されました。
【無痛分娩】2015年8月に神戸の産婦人科で起こった事故 36歳の母親が死亡 ―陣痛促進剤の過剰投与で刑事告訴―

〔追記〕
2015年9月には、同じく神戸の違う病院で、硬膜外麻酔の事故によって母子ともに重い障害を負い、母親は1年8か月の昏睡の末、35歳で亡くなりました。赤ちゃんは今も脳の障害を抱えています。麻酔の処置を行った後、きちんと監視をせず妊婦を放置した結果、この事故は起こりました。
【無痛分娩】2015年9月に神戸の産婦人科で起こった事故 31歳の母親が死亡 ―麻酔科医の不足が一連の事故の根底に―

〔追記〕
これらの事故(2017年4月~6月に相次いで報道された)を受けて、日本産婦人科医会が全国の産婦人科に対して実態調査を行うことになりました。今後の安全性向上に生かされるよう、強く希望します。
【無痛分娩】日本産婦人科医会が実態調査を開始 ―現場の状況を把握し、これ以上の犠牲者を出すなー

くも膜下腔に麻酔薬が注入?

注目されるのは、夫の発言「硬膜に麻酔すべきところを、漫然とクモ膜下下腔(以下、筆者訂正:くも膜下腔)に麻酔薬を注入させ全脊髄麻酔の状態を招いた過失があった」という部分です。

くも膜下腔に麻酔薬が注入されたとは、どういうことでしょうか?こちらの図をご覧ください。

無痛分娩 くも膜下への誤注

(引用:トロントから遅れて帰ってきた麻酔科医

硬膜外麻酔はその名の通り、⑦で示された「硬膜」の外側に麻酔液を注入する麻酔法です。カテーテルを留置して麻酔の量をコントロールできるため、長時間にわたる処置に適しているとされています。

一方、⑦の「硬膜」と、さらにその内側の⑥「くも膜」を突き破って、⑨「くも膜下腔」に直接麻酔液を注入する麻酔法があります。これを「脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)」といいます。

脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)は、硬膜外麻酔より細い針を使って、ワンショットの麻酔を行う方法です。直接脊髄に麻酔が作用するため、迅速に強い効果を得ることができるのが特徴です。

この方法では、硬膜外麻酔のようにカテーテルを留置することはできません。カテーテルを留置するには、太い針を突き刺す必要があり、そうすると「くも膜下腔」を満たしている「脳脊髄液」が流失し、重い副作用を起こしてしまうからです(僕の妻は、無痛分娩を選択し、硬膜穿刺による脳脊髄液減少症の重い副作用に長期間悩まされた経験があります)。

しかし、今回の事故では、夫の発言が事実とすると、硬膜外麻酔の太い針が硬膜とくも膜を貫通したものと思われます。

そうなると、まず脳脊髄液が大量に流出することになります。そして、脊髄が直接的に、しかも長時間にわたって麻酔液にさらされ続けることになります。その結果、「全脊髄麻酔状態」に陥ったと考えられます。

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「全脊髄麻酔状態」は「死」を意味する

全脊髄麻酔状態とは、どのような状態なのでしょうか。

本来、硬膜外麻酔も脊髄麻酔も「局所麻酔」です。無痛分娩における硬膜外麻酔は、下腹部に限定的に麻酔を効かせることで、陣痛と分娩の痛みを抑えることを目的としています。

それが、脊髄全体に麻酔が効いてしまうと、どうなるのか。麻酔が上半身に至ると、内臓系をコントロールしている神経が麻痺します。さらに、手などの末端の筋肉を動かす神経も麻痺してきます。

さらに「横隔神経」が麻痺すると、呼吸ができなくなります。これはつまり「死」を意味します。

(参考:硬膜外ブロック時の合併症への対応

なぜ「全脊髄麻酔状態」を回避できなかったのか

上記のような全脊髄麻酔状態は、硬膜外麻酔を行う際に、もっとも注意しなければならない最大のリスクです。

それだけに、硬膜外麻酔の開始直後には、麻酔科医は注意深く、足の痺れが生じていないかを確認する必要があります。

硬膜外にうまく麻酔液が注入されていれば、すぐに足の痺れが起こることはありません。しかし、もし「くも膜下腔」に麻酔液が入ってしまったら、1~2分で足の痺れが起こります。これを見逃してしまうと、くも膜下腔に麻酔液を注入し続けることになり、全脊髄麻酔状態に陥るリスクが高まります。

今回の事故を起こした病院の体制は明らかになっていませんが、個人病院であることを考えると、麻酔科医のバックアップ要員がいなかった可能性が高いと思われます。

手技の熟練していない、経験の浅い麻酔科医がついていたとも考えられます。硬膜外に適切にカテーテルを留置するには一定の修練が必要です。さらに、足の痺れなどの異常を見逃さず、迅速な処置を行うためには、多くの経験が必要となるでしょう。

今回の事故は氷山の一角か

新聞記事の最後に、非常に気になることが書かれてます。

「日本産婦人科医会によると、同会には会員の医師から重大事故を年ごとに報告してもらう制度がある。同事故に関しては昨年の発生だが、報告はなかった」

以前、日本産科婦人科学会の報告について検証した記事をアップしたことがありますが、学会では2010年以降、日本全国で起こった妊産婦の死亡に関して、正確な統計データを取っているとされていました。

今回の事故は死亡事故ではないものの、母子ともに重篤な障害を残した事例であり、報告が上がっていなかったというのは、あってはならないことです。

報告されていない事例が、他に多数あったとしても不思議ではありません。

僕たちは、「数」の全体像を知ることは、おそらく今後もできないでしょう。僕たちにできることは、明らかになった事例を一つ一つ見つめ、無痛分娩にどのようなリスクがあるのかを検証していくことしかありません。

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