こんにちは。そなてぃねです。
2021年8月23日、大阪府島本町のケリヤホールで行われた「上敷領藍子 × 深見まどか デュオ・リサイタル」を聴きに来ました。
30代半ばのおふたり。心技体ともに充実した、実に見事な「クロイツェル・ソナタ」を聴かせてくれました。
地方の小さな会場で、あまりいい環境とは言えない条件でしたが、だからこそ実力がダイレクトに伝わってくる、非常に聴き応えのある内容でした。
演奏会の概要
【上敷領藍子 × 深見まどか デュオ・リサイタル】
- バッハ作曲/北口大輔編曲
トッカータとフーガ BWV565
(ヴァイオリン独奏版) - サン・サーンス作曲/ゴドフスキー編曲
「白鳥」(ピアノ独奏版) - リスト作曲
「ラ・カンパネラ」 - 武満徹作曲
「妖精の距離」 - ラヴェル作曲
ヴァイオリン・ソナタ ト長調 - ベートーヴェン作曲
ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 作品47「クロイツェル」
〈アンコール〉
- バッハ/グノー作曲
「アヴェ・マリア」 - マスネ作曲
「タイスの瞑想曲」
2021年8月23日(月)18:00~
島本町ふれあいセンター ケリヤホール
そなてぃね感激度 ★★★★☆
上敷領藍子さんのプロフィール
上敷領藍子さんは大阪出身。東京芸大を首席で卒業し、同大学院を修了。今は関西を拠点にソロ、室内楽、オーケストラ客演など幅広く活躍されています。
ちょっと難しい名字ですが、読み方は「かみしきりょう・あいこ」さんです。
東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学音楽学部を三菱地所賞を受賞し首席卒業。同大学大学院修士課程を修了。学内にて二度のアカンサス音楽賞を受賞。また2011年よりオランダ・マーストリヒト音楽院にて研鑽を積み、特別賞を得て首席卒業。
現在、昭和音楽大学合奏研究員。京都コンサートホール主催「Join us ! キョウト・ミュージック・アウトリーチ」第1期登録アーティスト。
第1回大阪国際音楽コンクール中学校の部第1位。第14回京都芸術祭にて京都市長賞受賞。第55回全日本学生音楽コンクール大阪大会中学校の部第2位。第56回同コンクール東京大会高校の部第2位。石川ミュージックアカデミーにてIMA賞を受賞し、米国アスペン音楽祭に奨学生として参加し川崎雅夫氏に師事。第1回宗次エンジェルヴァイオリンコンクール第3位(ジョゼフ・ロッカ2年貸与)、第22回摂津音楽祭第1位(大阪府知事賞)。第20回市川市新人演奏会にて優秀賞受賞。芸大モーニングコンサートに出演。青山財団より青山音楽賞新人賞を受賞。また国外ではバルレッタ国際音楽コンクールにて特別賞付第1位(イタリア)、マルコ・フィオリンド国際音楽コンクールにて第2位(イタリア)、レオポルド・ベラン国際音楽コンクール第1位(フランス)など数々の賞を受賞。これまでにポーランドクラクフ室内管弦楽団、大阪センチュリー交響楽団、オーケストラアンサンブル金沢、藝大フィルハーモニア管弦楽団等と共演。2012年度上半期、野村財団奨学生。
これまでに本多智子、田渕洋子、椙山久美、浦川宜也、玉井菜採、ボリス・ベルキン、ジェラール・プーレの各氏に師事。室内楽を岡山潔、山崎伸子、松原勝也、川崎和憲、迫昭嘉、フィリップ・ベノアの各氏に師事。
2016-17,藝大フィルハーモニア管弦楽団第2ヴァイオリン契約団員。
(ご本人の公式HPから引用)
深見まどかさんプロフィール
深見まどかさんは京都出身。東京芸大からパリ国立高等音楽院の修士課程に進み、ピアノ科、古楽科、室内楽科すべてを審査員満場一致の首席で卒業されました。
今はフランスと日本を拠点に活動されているようです。2021年3月にはNHK「クラシック音楽館」で、誰だったか日本人作曲家のピアノ協奏曲を和装で演奏しておられるのが放送されていました。
膨大なレパートリー、完全な音楽性と安定した高度なテクニック。」マリア・ジョアン・ピリス
京都市生まれ。フランスを中心にヨーロッパで高い評価を得る期待の若手ピアニスト。17世紀から21世紀までの音楽を自在に操る。とりわけ、ロンティボー国際コンクールで5位入賞と共に最優秀ラヴェル作品演奏賞を受賞したことや、ブゾーニ国際コンクールのファイナルリサイタルでは、ジェラール・ペソン作品演奏に対し最優秀現代音楽作品演奏賞を受賞したこと、2021年3月NHK-Eテレ「クラシック音楽館」にて東京フィルと共演、松平頼則「主題と変奏」のソリストを務めたことなどで、注目をされている。東京藝術大学音楽学部付属音楽高等学校、同大学音楽学部を経て、パリ国立高等音楽院修士課程ピアノ科、古楽科、室内楽科を審査員満場一致の首席で卒業。これまでに、パリ室内管、ポルト国立管、フランス・パドルー管、ベルギー王立ワロニー管、イタリアバーリ市立管、東京フィル、芸大フィル等と、指揮者はエイドリアン・リーパー、フランク・ブラレイ、阿部加奈子、湯浅卓雄、西本智実、角田鋼亮らと共演。巨匠マリア・ジョアン・ピリスと、ポルトガル・ソウザ大統領の前で行った演奏は大成功を収めた。一方国内では、優秀な若手音楽家に与えられる青山音楽賞新人賞受賞を始め、銀座ヤマハコンサートサロンで開催した「ドビュッシーピアノ作品全曲演奏チクルス」(ヤマハミュージックジャパン主催)で高く評価された。歴史楽器の分野においても、京都「平野の家 わざ 永々棟」でのエラールピアノを愛した作曲家たちシリーズのリサイタルを2015年から毎年続けている他、パリのシテ・ドゥ・ラ・ミュージック(フィルハーモニー・ド・パリ) 音楽博物館でのコンサートや、シュトライヒャーピアノでの公演映像も配信されている。能楽等、他芸術とのコラボレーションとして、2020年は、美術家の大舩真言と共に「Depth of Light 美術×ピアノ×現代音楽」の企画制作と配信を行いロームシアターメインホールにて、坂田直樹の新作を世界初演し高い評価を得た。
(東京コンサーツHPから引用)
それぞれのソロで聴かせた境地
コンサートの幕開けは、それぞれのソロ演奏から始まりました。
1曲目はバッハのオルガン作品、トッカータとフーガ BWV565。「てぃらり~♪ 鼻から牛乳~♪」で有名なあの曲です。
これを日本センチュリー交響楽団の首席チェロ奏者、北口大輔さんがヴァイオリン独奏のために編曲したものが演奏されました。
鍵盤楽器のために書かれたフーガの難曲を、1本の弦楽器で演奏するというのは、かなり無理のあることです。
しかし上敷領さんはこの難題に果敢に挑み、見事に弾き切りました。編曲も絶妙でした。
▼別バージョンの編曲ですが、ヴァイオリン独奏で弾くことの凄さが分かると思います。
続いて、深見まどかさんのピアノ独奏。チェロの名曲として知られるサン・サーンスの「白鳥」を、弟子のゴドフスキーが編曲したものが演奏されました。
この編曲がすごくて、僕たちが知っている白鳥ではなく、妖しい魔力を放つ異世界の白鳥に、変身しているのです。
原曲は、シャープが1つのト長調。それを、フラットが6つの変ト長調へと、半音下の調性に変えているのですが、そうすることによって、ここまで世界の色合いが変わるのかと驚かされます。
現代音楽を得意とする深見さんは、ゴドフスキー版の独特の世界に、素晴らしい演奏でいざなってくれました。
▼シプリアン・カツァリスの演奏。
武満徹とラヴェル
それぞれのソロの演奏に続いて、いよいよデュオが始まります。
まず演奏されたのは、武満徹がデビュー直後に書いた「妖精の距離」という作品でした。
1950年に発表したデビュー作「2つレント」が評論家から酷評され、傷ついた20歳の武満。その後、詩人の瀧口修造と出会い、彼の同名の詩をもとに書いたのが「妖精の距離」です。
この作品を演奏する前に、深見さんはその詩を朗読してくれました。僕にはちょっと難しい詩だったのですが、プログラム・ノートに深見さんが書いてくれていた文章が、とても分かりやすかったので引用しておきます。
瀧口の詩は、本来一緒に居合わせることのないものが隣り合わせに並び、読み手を幻想の世界へと誘う。
「妖精の距離」では、複数に見えるものが、実態と影、表と裏のような関係で描かれ、ヴァイオリンとピアノによって濃淡を織りなしていく。
瀧口の個性が武満に光を投げかけたのだろう。
これがとても美しい曲で、光と影が織り合わされていくような繊細さが感じられました。
▼アン・アキコ・マイヤースの演奏。透明感のある音が魅力的です。
そして前半のハイライト、ラヴェルのソナタもよかった… はずなのですが、正直に言うと、後半の「クロイツェル・ソナタ」の印象があまりにも強すぎて、ラヴェルのことをあまり思い出せないのです…
▼ルノー・カプソンの演奏。第2楽章のブルースがいいんですよね。
圧巻!王道を行く「クロイツェル」
というわけで、前半の印象を凌駕してしまったのが、後半に演奏されたベートーヴェンのクロイツェル・ソナタでした。
まさに王道を行く圧巻の名演。上敷領さんの音は張りがあって緩むことがなく、リズム感も抜群。最初の一音から最後の一音まで集中力がみなぎっていました。
深見さんのピアノも見事。音楽の大きなうねりを作り出しながら、細部の表現にも生命力が息づいていていました。
ふたりが築き上げてきた盤石の土台の上に、堅牢に構築されたベートーヴェンの傑作。技術的な水準はもちろん、格式の高さも抜きん出たものがありました。
僕は息をするのも、まばたきするのも忘れて聴き入ってしまい、35分に及ぶ大曲が、気付けば一瞬で終わっていました。こんな体験は、そうそうあるものではありません。
▼深見さんのツイッターに、演奏動画の一部がアップされていました。熱演が思い出されます。
上敷領藍子さんとのデュオリサイタル終演!室内楽を本気で楽しんだ、こんな熱い舞台は久しぶり??@Aiko_violinさん、お越し下さった沢山のお客様、2度延期の後に開催して下さった主催関係者の皆様には感謝が堪えません?
余韻を感じつつ、今日から来月のイタリアとフランスのソロ公演準備に励みます?? pic.twitter.com/wzX5xtHetL
— MadokaFukami 深見まどか@3/21 NHK-Eテレ「クラシック音楽館」 (@MadokaFukami) August 25, 2021
▼ダヴィッド・オイストラフの名演。
難しい環境だからこそ伝わった真の実力
このコンサートが行われた大阪府島本町の会場は、お世辞にも演奏しやすいとは言えない環境でした。
残響のほとんどないデッドな空間。上敷領さんは響きに頼ることなく、生音だけで勝負しなければなりませんでした。
ピアノは、ヤマハの小さめなグランドでしたが、鳴りにくい楽器で、鍵盤の反応も悪い。深見さんは繊細な表現をするのに、かなり苦労したはずです。
しかし、このいっさい誤魔化しの効かない厳しい条件だからこそ、ふたりの真の実力が、より明確に伝わってきたとも言えます。
さらに、この日ふたりは、同じプログラムを2回演奏していたのです。14時からの昼公演と、僕が聴いた18時からの夜公演。
1回通して弾くだけでクタクタになる重量級のプログラムを、1日に2回も…! ふたりが成し遂げたことの凄さには、脱帽するしかありません。
満月の帰り道
終演後、会場から出ると、夜空に虫の声が盛大に鳴り響いていました。のどかな場所に来たんだなぁ…
島本駅までの暗い夜道を、満月が煌々と照らし出していました。こういう空気感も含めて、演奏会の思い出になるんですよね。
しみじみと、いい音楽を聴いた充足感に浸りながら、ゆっくりと歩いて帰ったのでした。