こんにちは。そなてぃねです。
2020年2月に大阪のザ・フェニックスホールで行われた、打楽器奏者・會田瑞樹(あいた・みずき)さんのヴィブラフォン・リサイタルを聴きに行きました。
これまでに200以上の新曲を初演してきた現代音楽の鬼。「初演魔」とも呼ばれているとか。
9人の作曲家たちによる個性的な作品を楽しみました。
演奏会の概要
會田瑞樹ヴィブラフォン・リサイタル
- 薮田翔一作曲
Billow Ⅱ - 近藤浩平作曲
湖と船 作品171 - 野田雅巳作曲
ヴァイブラさん - 糀場富美子作曲
ねむりの海へ - 木下正道作曲
海の手 - 野村誠作曲
相撲ノオト - 坂田直樹作曲
Leptothrix - 中村典子作曲
艸禱 popoli - 佐原詩音作曲
玉蟲の翅、その結び
〈アンコール〉
- 吉田千秋作曲/會田瑞樹編曲
ヴィブラフォン独奏のための「琵琶湖就航の歌」
ヴィブラフォン 會田瑞樹
2020年2月15日(土)15:00~
ザ・フェニックスホール(大阪市)
そなてぃね感激度 ★★★☆☆
新しい音楽を生み出し続ける偉業
僕が會田瑞樹さんを知ったのは、2016年にNHKのBSプレミアムで放送された「クラシック倶楽部 ~打楽器百花繚乱」でした。
この番組は、會田さんによる委嘱新作の数々を、バラエティに富んだ演出で紹介したもので、その後何度も再放送されました。
會田さんの熱意に多くの作曲家が応える形で、100を超える作品が生み出されたということを知り、すごい若者がいるものだと感心しました(2020年2月現在では200作品を超えている)。
ヴィブラフォンは比較的新しい楽器で、クラシック音楽で使われるようになったのは1935年に作曲されたアルバン・ベルクの歌劇「ルル」が最初と言われています。
そのため、ヴィブラフォンには古典的なレパートリーがありません。
會田さんは強い使命感をもって、この楽器の可能性を追求すべく、同時代の作曲家たちに熱心に働きかけ続けてきたのでしょう。
これは本当に称賛すべきことだと思います。
會田さんの委嘱によって生まれた作品の中から、100年後、200年後に「古典」と言われるような名曲が、出てくるかもしれないのですから。
9人9色の個性
今回の公演、9曲とも個性が際立っていて、とても面白かったです。まさに9人9色。同じ楽器を使っているとは思えないほどに多彩でした。
薮田翔一作曲 Billow Ⅱ
キレのいいシャープな音列が駆け抜けていく作品。會田さんの鮮やかなテクニックに舌を巻きます。
2015年の初演以来、會田さんは再演を続けているようで、僕も過去に一度ライブで聴いたことがあるような気がします(東京オペラシティの近江楽堂だったかな…)。
この曲で強く印象に残るのは「F」の音です。
3オクターブ離れた最低音と最高音のFを同時に鳴らす「コーン…」という音が、早いパッセージの合間から聴こえてきます、
この響きが、波(Billow)のゆらぎを表しているように感じられました。
僕は難解な現代音楽を「理解」することはできませんが、ひとつでも心に残る音を発見できればと思って聴いています。それが、この作品では、時折現れる「F」だったというわけです。
薮田翔一さんは、2015年の第70回ジュネーブ国際音楽コンクールで優勝した期待の若手。これからの活躍も期待したいです。
▼「複数の波が押し寄せ様々な流れを作り上げていくこの作品。薮田翔一氏の緻密な構成力を感じさせ、會田自身も度々公演で演奏を重ねている(會田さんのツイートより)」
近藤浩平作曲 湖と船
ヴィブラフォンの足元にはペダルがついていて、それを踏むと響きが残ります。
この作品では、ペダルを長く踏み続けることで、水墨画のような音の「にじみ」を作り出しています。
スピード感のある薮田作品の後に、響きが主体のこの作品を持ってくるあたり、いい感じのプログラム構成だなと思いました。
解説によると、この曲で描かれているのは「琵琶湖北部の冷涼な寂寥感」なのだそうです。「冷涼なのに不思議にまぶしい光に満ちた独特の風土」を、ヴィブラフォンのひんやりした響きで表現しているんですね。
近藤浩平さんは兵庫県の出身で、作曲は独学のようです。ウィキペディアによると、「山の作曲家」と自称し、自然に関わる作品を多く作曲してきたそうです。
今回の作品からも、寒々とした湖面から響く自然の音が聴こえてくるような気がしました。
▼「三つの楽章に分かれたこの作品はヴィブラフォンの持つ浮遊感を徹底的に生かし、琵琶湖の水面に映る様々な風景を述懐させる。自然を愛する作者ならではの作品(會田さんのツイートより)」
野田雅巳作曲 ヴァイブラさん
この作品には「1台のヴィブラフォンと2人の演者のためのちいさな劇」という副題がつけられています。
作曲者の野田さんも登場。二人でステージ上を走り回りながら、ティッシュペーパーやスーパーボールで鍵盤に触れたりこすったりして、即興演奏を繰り広げました。
叩いたり、叩かなかったり。客席がくすっと笑ったり。そういう偶然性も含めての会場の空気そのものを楽しむタイプの作品なのかな。
うーん。でも、僕にはあまり面白いとは思えませんでした。
▼「シンプルに密やかに。言葉をかわすところから音楽が始まりヴィブラフォンに集う人々をユーモア込めて描く(會田さんのツイートより)」
糀場富美子作曲 ねむりの海へ
3.11の海を題材にした作品。穏やかで眠っているような海への祈りが込められています。
ごめんなさい… 僕はこの曲で不覚にも眠ってしまいました…
きっと本当に眠りを誘うような優しい響きだったのだと思います。
▼「著しい被害を巻き起こした東日本大震災への鎮魂を込めて作曲者が紡いだ響き。震災から9年の月日が経とうとする今、その声に再び耳を傾けなければならない(會田さんのツイートより)」
木下正道作曲 海の手
この曲で印象に残ったのは、全編にわたって何度も登場する「トルルルルルルル…」というシンプルな音形。
「トルルルルルルル…」は、固いマレットが鍵盤に押し付けられて細かく弾む音。
主に「Es(ミのフラット)」で、信号のように何度も何度も鳴り続けます。
全体的には静かでドライな音楽。どのあたりが「海の手」なのかは分かりませんでしたが、繰り返されるEsの音が、知らず知らずのうちに潜在意識に刷り込まれていきました。
木下正道さんは、スキンヘッドの迫力ある風貌の方です。
吹奏楽とハードロックをバックボーンに、フリージャズ、集団即興、お笑いバンドといった活動から現代音楽の道に進んでこられたようです。
音数は少なく朴訥としているのに、深く語りかけてくるような音楽。それは、木下さんの独特の歩みの中で培われたものなのでしょうね。
▼「等拍に刻まれるパルス、印象深い三音のシグナルが響くとき、海の手がゆっくりとその姿を表す壮大な作品(會田さんのツイートより)」
野村誠作曲 相撲ノオト
これは、エンターテインメントとして楽しめる作品でした。
1. 土俵入り、2. 取組、3. 大一番、4. ストニコという4曲からなり、すべて相撲を題材にした音楽です。
作曲者の野村誠さんという方は、2008年に「日本相撲聞芸術作曲家協議会(JACSHA)」なる謎の組織を創設。相撲から音楽を紡ぎ出そうという活動を続けているそうです。
世の中には想像を超える面白い人がいるものです。でも、プログラムに書かれた協議会の趣旨を読むと、なるほどと思わされます。
全国各地に伝わる相撲神事や大相撲をリサーチし、神事であり、芸能であり、スポーツであり、エンターテインメントであり、伝統であり、現代であり、文化であり、つまり智慧である相撲に耳を傾けること(相撲聞:すもうぶん)によって、新たな芸術を想像する作曲家の協議会。
まず、會田さんがお相撲さんを演じて、ヴィブラフォンの前で四股を踏みます。
伝説の横綱、双葉山の土俵入りを描いたという1曲目では、會田さんがその所作を模しながら、ポロリポロリと音楽を奏でます。
2曲目では、會田さんが「東~、黒色のマレット~! 西~、白色のマレット~!」と呼び出しの発声をしてから、右手に持った黒色のマレットと、左手に持った白色のマレットが、鍵盤上で勝負をするという音楽。
會田さんの呼び出し、なかなかいい声でした。
3曲目はその流れで、右手と左手が、お互いに土俵際で一歩も引かない大一番が演じられます。マレットが右へ左へと忙しく動き回る様子に、ついつい「どっちが勝つか!?」と見入ってしまいました。
4曲目の「ストニコ」というのは、大相撲の朝に演奏される一番太鼓のリズムなのだそうです。
作曲家の野村さんは、演奏後のアフタートークで「ストニコ」のことばかり話していたので、おそらくこの曲にかなりの思い入れがあったと思われます。
でも、ストニコを知らない僕には、視覚的に分かりやすい土俵入りから大一番までの方が、単純に楽しめました。
▼「さあよってらっしゃい、みんな集まって。ヴィブラフォンは円を描く土俵のように自在に動き、奏者は横綱となって舞う。白熱の後に続くストニコの節に乗って天高く舞い上がる。神々の横綱たちに捧ぐ(會田さんのツイートより)」
坂田直樹作曲 Leptothrix
非常に聴きごたえのある大作。4楽章からなり、それぞれに特徴的な奏法が用いられていて、ヴィブラフォンの魅力を多面的に味わうことができました。
第1楽章では、鍵盤の下にアルミホイルを敷き詰め、ビリビリと振動する不思議な響きを奏でます。
ヴィブラフォンの横にはシズルシンバル。加工が施され、ジュワーという独特の残響を出すこの楽器が、アルミホイルを仕込んだヴィブラフォンの響きと共鳴します。すごく面白い音。
第2楽章では、マレットの代わりに竹が使われます。固いマレットとも違う、乾いたサウンドが鳴り、新鮮でした。ヴィブラフォンを打楽器として使う試みのようです。
第3楽章では、デッドストロークという響きを強制的に消してしまう奏法が用いられます。マレットを押し当てるようにして弾くことで、響きのない独特の音がします。これも面白かった。
第4楽章では、打って変わって柔らかな響き。弓で鍵盤をこする奏法で、神秘的な音が織り交ぜられていきます。
坂田直樹さんは、2017年に武満徹作曲賞、尾高賞、芥川作曲賞という、日本音楽界で最も権威ある3つの賞を総なめにした若手のホープ。
パリを拠点に目覚ましい活躍をしています。
今回の初演には帰国できなかったようで、作曲者の紹介は残念ながらありませんでした。
中村典子作曲 艸禱 popoli
僕の中で、今回もっとも印象に残った作品が、中村典子さんの「艸禱 popoli」でした。
びっくりしたことに、演奏が始まっても、音がまったく聴こえません。
會田さんは、たしかに演奏しているのに…
柔らかいマレットで、鍵盤に触れるか触れないかの繊細なトレモロをしているのですが、どんなに耳を澄ましても、音が聴こえてこないのです。
全神経を集中して聴き逃すまいとするうち、少しずつ空気の振動が感じ取れるようになっていきました。
こんな音楽があったとは…!
「艸」は「草」を表し、「禱」は「祈り」を表します。
プログラムに掲載された楽曲解説は、たった2行のシンプルなものでした。
二本が寄り添う艸(くさ)の象(かたち)は、そのまま禱(いのり)の容(すがた)をしている。聲(すがた)をかさね、響(ひびき)が出逢う。深いところから、宙(そら)の底(おく)からもうひとりの自身がやってくる。
想像力を掻き立てられる文章ですよね。
「寄り添う二本の草」のごとく、2本のマレットが寄り添いながら鍵盤に触れる。會田さんの姿は、祈りそのもの。
聴き手は、宇宙の向こう側を見るかのように耳を澄ませるけれど、奥から浮かび上がってくるのは自分自身の姿…
聴こえない音に耳を傾けるという、ちょっと不思議で哲学的な体験になりました。
中村典子さんは、京都を拠点に活動しておられる方のようです。京都市立芸術大学の准教授。もっと他の作品も聴いてみたいです。
佐原詩音作曲 玉蟲の翅、その結び
最後の曲は、玉蟲(たまむし)という美しい甲虫を題材にした作品。
玉蟲は緑色に輝く美しい生物で、翅は光の干渉によって金・青緑・紫など、その色合いが刻々と移り変わるのだそうです。
(GANREFから引用)
そして、もうひとつのテーマは「結び」という日本古来の概念。
移り変わる光沢や色彩、刹那に消えていく響き…
死しても色褪せることない、心の奥底にある魂…
刹那と永遠の交わる点=「結び」という理解でいいでしょうか。とても奥深いものを表現しているようです。
でも、僕は正直、この音楽を聴いて、よく分かりませんでした。捉えどころがなく、頭で理解することができなかったのです。
家に帰って、會田さんのyoutubeチャンネルでこの曲の動画を見つけ、何度か聴いているうちに、少しずつ感覚的に美しさが感じられるようになってきました。
光の角度によって色彩が変わる玉蟲のように、この作品も、聴くたびに様々な色彩を見せてくれるようです。
▼「6つの場面からなるこの作品は玉蟲がその翅をはためかせて飛び立つ様、時に枝木に止まり安らかに眠る様、激しい情感などを折り込み壮大な物語として紡いでいる(會田さんのツイートより)」
吉田千秋作曲/會田瑞樹編曲 ヴィブラフォン独奏のための「琵琶湖就航の歌」
アンコールに演奏されたのは、「琵琶湖就航の歌」。滋賀県高島市で大正時代に生まれたこの歌は、今も地元で親しまれています。
これを會田さんご自身がアレンジ。優しい響きに、懐かしさがこみ上げてきます。
會田さんのヴィブラフォンへの愛情がにじみ出ていました。
▼「病める時も健やかなる時も、音楽は全ての人の心に寄り添えると僕は信じます(會田さんのツイートより)」
あとがき
会場のホワイエには、この日演奏された9作品の楽譜が展示されていました。
僕は楽譜を見るのが大好きです。特に手書きの楽譜からは、作曲者の思いがにじみ出ているような気がして。
それぞれの楽譜には、會田さんの書き込みがびっしり。作曲家の意図を汲み取り、音符ひとつひとつの意味を理解しようとする誠実な姿勢が伝わってきます。
會田さんの委嘱によって生み出された200を超える作品の中から、世界中のヴィブラフォン奏者によって演奏され、時代を超えて愛される作品が出てくることを願わずにいられません。