こんにちは。そなてぃねです。
2020年1月25日に、びわ湖ホールで行われた、山海塾の「ARC 薄明・薄暮」を観に行きました。
僕にとっては、初めての山海塾。深い精神性を湛えた世界に、感銘を受けました。
言葉にするのが難しいですが、感想を書き留めておきます。
公演の概要
山海塾「ARC 薄明・薄暮」
〔演出・振付・デザイン〕
天児牛大
〔舞台美術〕
中西夏之 「着陸と着水」より
〔音楽〕
加古隆
YAS-KAZ
吉川洋一郎
〔舞踏手〕
蝉丸
竹内晶
市原昭仁
松岡大
石井則仁
百木俊介
岩本大紀
髙瀬誠
〔共同プロデュース〕
パリ市立劇場
北九州芸術劇場
山海塾
〔初演〕
2019年3月 北九州芸術劇場
そなてぃね感激度 ★★★★★
山海塾とは
山海塾のプロフィールを、会場で配られたプログラムから引用します。
【山海塾】
1975年に主宰・天児牛大(あまがつ・うしお)によって設立された舞踏カンパニー。1980年より海外公演を開始し、主にフランスと日本を創作活動の拠点として、およそ2年に1度のペースで新作を発表しつづけている。
1982年以降の作品は、すべてパリ市立劇場との共同プロデュース。世界のコンテンポラリーダンスの最高峰であり、厳しく作品の質を問う同劇場が、30年以上にもわたり共同プロデュース形式で創作を支援し続けているカンパニーは、世界でもわずかしか存在しない。
現在までに世界48カ国のべ700都市以上でワールドツアーを行った。
最新作『ARC』は、2019年北九州芸術劇場で世界初演後、パリ、ブラジル・サンパウロで上演、関西初演となる。5月に東京初演予定。
僕はここ数年、コンテンポラリーダンスに興味を持つようになり、山海塾の名前は聞いていましたが、観るのは今回が初めてでした。
永遠にめぐる円環 誕生から死への物語
「ARC 薄明・薄暮」は、天児牛大さん自身が踊らないことを前提に作られた初めての作品。
7つのパートから構成され、それぞれに副題がつけられています。
「ARC 薄明・薄暮」
Ⅰ わたしの星に降る時雨
Ⅱ 海際(ミギワ)にて
Ⅲ 交差・あなたの過去は私の未来
Ⅳ 静かなおもて
Ⅴ 三ツの双(ソウ)
Ⅵ 交差・遡行(ソコウ)
Ⅶ 薄暮へ
観る者は、この副題にとらわれる必要はなく、自由な発想で観ることが許されます。それが、コンテンポラリーダンスの面白いところです。
僕は「永遠にめぐる円環、誕生から死への物語」というイメージを抱きました。
開演前から、すでに何かが始まっています。客席のざわめきの中、遠くからヴァイオリンとチェロの音が聞こえています。
どこか懐かしく、哀愁に満ちた旋律。
開演5分前のベルが鳴り、客席が静かになるにつれ、その旋律がくっきりと像を結び、同時に舞台はゆっくりと暗転していきます。
「ここから始まり」という境界はなく、すべてはゆるやかに繋がっている。そんなことを感じさせる開演でした。
1曲目は、蝉丸(せみまる)さんのソロ。蝉丸さんは、1975年の設立時からの舞踏手です。
全身白塗り、剃髪の姿は、人間的な感情を超えた領域にいる僧侶のよう。
動いているのか、動いていないのか、分からないくらいの微細な動き。
震えるように動く指先が、生まれたばかりの星を表現しているように、僕には見えました。
2曲目は、5人によるアンサンブル。5人が重なり合いながら、寄せては返す波を表現します。音楽の背景には、世界中の海でサンプリングした波の音がミキシングされています。
3曲目はデュオ。4曲目は4人のアンサンブル。5曲目は再び蝉丸さんのソロ。6曲目はデュオ…
永遠の時間をさまよっているかのように、スローモーションで進行するダンス。
それが、7曲目の「薄暮へ」で、一気に解放されます。
それまでアコースティックの楽器で奏でられていた音楽が、シンセサイザーの荘重な響きに変わり、8人のダンサーが円環を描くように動きを速めていく。
その様子は、数億光年の宇宙の彼方で起こる超新星爆発のよう。なんだろう、この神秘性は…
青く輝く舞台で繰り広げられる儀式は、星が最期の輝きを放つ瞬間のように荘厳でした。
それが過ぎていくと、再びヴァイオリンやチェロの旋律に回帰して、星が死にゆくように暗黒に戻っていきます。
カーテンコールの間も、鳴り続ける音楽。「ここで終わり」という境界はなく、永遠に繋がっていく世界。
深い深い感銘を残して、僕の山海塾初体験が終幕しました。
充実のアフタートーク
終演後、びわ湖ホール中ホールのホワイエで、アフタートークが行われました。
ホワイエは全面ガラス張りで、びわ湖の夕景が一望できます。
なんとも言えない豊かな読後感の中で行われたアフタートークは、立ち見の盛況となりました。
話し手は、ソロを踊った舞踏手の蝉丸さんと、作曲家の吉川洋一郎さん。聞き手は、雑誌「地域創造」編集者の坪池栄子さんという方。
すごく興味深いお話を聞くことができました。
中でも面白かったのは、中西夏之さんが作った舞台美術のお話でした。
中西夏之さんの経歴について、「美術手帖」から引用します。
【中西夏之】
中西夏之は1935年東京都生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
59年に砂を混ぜた塗料を用いた《韻》の制作を開始。62年、高松次郎、川仁宏らと《山手線事件》と称したパフォーマンスを決行する。
63年の「第15回読売アンデパンダン展」に、キャンバスから出た紙紐にアルミ製の洗濯バサミを大量につける《洗濯バサミは撹拌行動を主張する》を出品、代表作となる。
同年に赤瀬川原平、高松次郎とハイレッド・センターを結成してパフォーマンスを行うほか、65年には舞踏家である大野一雄、土方巽らと交流。瀧口修造や澁澤龍彦らとも知り合う。土方率いる暗黒舞踏の公演の舞台美術や舞台装置、オペラの舞台装置など、活動の幅を広げる。
96年、東京藝術大学美術学部絵画科教授に就任。97年、東京都現代美術館にて「中西夏之展 白く、強い、目前、へ」が開催されたほか、晩年まで精力的に新作を発表し続け、国内外で展覧会が多数開催。
オブジェやインスタレーションも発表したが、とくに平面作品に向き合い、絵画という概念自体について根源的な思索を深めながら制作を重ね、空間への緊張を表現してきた。
2016年没。
▼お話を聞きながらメモした舞台美術の図面。
砂が敷き詰められた正方形の舞台は、実は二重構造になっていて、もうひとつの舞台が、15度ずれた角度で下に隠れています。
はみ出た部分には、アルミナの砂山と、直径9ミリの金属ボールが等間隔に配置されています。
舞台の4角には、3つの天秤と、光明丹(赤色の顔料)が塗られた鏡が吊り下げられています。
シンプルだけど、謎めいた世界。天秤は、何を測っているのだろう…? 鏡は何を映しているのだろう…?
これらは不安定に揺れながら、「磁場」を生み出しているのだそうです。
蝉丸さんは、舞台で「風を感じる」と言っていました。「見えないものが見える」とも。
舞台美術はただの飾りではなく、磁場を生み出して、舞踏手に影響を与えているのです。
山海塾の過去の映像作品
山海塾は、2005年から映像化をスタート。
最初の2作品は、天児牛大さんのOKが出ず、お蔵入りになってしまったとか。ただの記録ではなく、映像作品としてのクオリティを追求してきたことが分かります。
今回の「ARC 薄明・薄暮」でも、公演前日に6台のカメラを入れての撮影を敢行。ドローンを初めて使用し、かなり攻めた撮り方をしたとか。完成が楽しみです。
過去の映像作品の一部を、公式チャンネルで観ることができます。
▼1980年に撮影された「金柑少年」。1978年の初演以来、世界中で上演を重ねてきた記念碑的作品。
▼2008年初演「降りくるもののなかで ― とばり」。円形舞台に散りばめられた無数の星々に、吸い込まれそうです。
▼2008年初演「あわせ鏡のはざまで ― うつし」。過去7作品を再構成して8篇の詩のように奏でた作品。
▼2012年初演「歴史いぜんの記憶 ― うむすな」。天から落ちる砂が印象的です。
▼2015年初演「海の賑わい 陸(オカ)の静寂 ― めぐり」。陰影のある巨大な壁と、舞台のほとんどを占める海の世界。
▼1986年初演、2018年にリ・クリエーションされた「卵を立てることから ― 卵熱」。卵のモチーフが様々なイメージを喚起させます。
▼そして今回の「ARC 薄明・薄暮」。背景のリング状のものが、円環する永遠性を象徴しているように思えます。
あとがき
圧倒的に深く魂に刻まれる舞台でした。
45年間も世界の第一線で創作し続けるとは、どれほど過酷な日々だったことでしょう。
才能の塊のような人たちが、持てるすべてをかけて作り出す芸術。
それは、言葉を超えて世界中の人々に感動を与えるのだということを、今回僕も体感することができました。
▼「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭2019」の感想はこちら。
【演奏会の感想】近江の春 びわ湖クラシック音楽祭2019(2019年4月 びわ湖ホール)▼2020年1月に行われたヨハン・シュトラウスの喜歌劇「こうもり」の感想はこちら。
【オペラの感想】ヨハン・シュトラウス作曲 喜歌劇「こうもり」(2020年1月 びわ湖ホール)