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【演奏会の感想】名畑あゆみ ピアノ・リサイタル(2019年11月25日 いずみホール)

ピアニスト名畑あゆみ

こんにちは。そなてぃねです。

名畑(なばた)あゆみさんというピアニストのリサイタルを聴きました。

大阪の高校を卒業してからパリに渡り、今はベルギーで勉強を続けている方。渡欧10年余りとのことですから、30歳前後でしょうか。

スカルラッティ、ベートーヴェン、シューマン、そして近現代の作品まで幅の広いプログラムで、素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

演奏会の概要

【名畑あゆみ ピアノ・リサイタル】

  • スカルラッティ作曲
    ソナタ イ短調 K.3 Longo 378
    ソナタ ニ長調 K.492 Longo 14
  • ベートーヴェン作曲
    ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 作品109
  • デュティユー作曲
    ピアノ・ソナタから第3楽章「コラールと変奏」
  • シューマン作曲
    ダヴィッド同盟舞曲集 作品6
  • スクリャービン作曲
    ピアノ・ソナタ 第4番 嬰ヘ長調 作品30

 

〈アンコール〉

  • スカルラッティ作曲
    ソナタ ハ長調 K.132 Longo 457
  • 名畑あゆみ作曲
    ゲントの鐘 ~祈り~

 

ピアノ:名畑あゆみ

 

2019年11月25日(月)19:00~
いずみホール(大阪市)

 

そなてぃね感激度  ★★★★☆

名畑あゆみさんのプロフィール

ピアニスト名畑あゆみプロフィール

名畑あゆみさんは、大阪女学院高校を卒業後、パリ国立地方音楽院のピアノ科に入学。

2011年にはブリュッセル王立音楽院(ベルギー)に入学し、室内楽を学んでいます。

2014年からは、パリ国立地方音楽院の室内楽最高課程で、ポール・メイエ、エリック・ルサージュといった名演奏家に師事します。

2017年からはフランスのクルーズ地方で、地元の支援を受けて音楽祭を創設。

現在はブリュッセル王立音楽院で作曲を学び、作曲コンクールで優勝もしているそうです。

ピアニストとしてのコンクール歴は、フランカヴィラフォンタナ国際音楽コンクール第1位(イタリア)、ブレスト国際ピアノコンクール第2位(フランス)、ジャンルカ・カンポキアーロ国際音楽コンクール第2位(イタリア)、キョンソン国際ピアノコンクール第3位(韓国)など。

フランスとベルギーに留学して10年以上が経つそうです。

説得力のある堂々たる演奏

名畑あゆみさんの演奏を聴いて強く感じたのは、「強い意志」でした。作品への深い理解がひとつひとつの音から伝わってきて、どの作品にも説得力が備わっていました。

演奏する姿の美しさも印象的でした。タイトなロングドレスがよく似合う均整の取れたプロポーションで、背筋のすっと伸びた姿勢は凛とした美しさを放っていました。

僕は正直びっくりしました。これだけ質の高い堂々たる演奏を聴けるとは、期待していなかったからです。

10年以上も海外で暮らしていて、著名なコンクールでの受賞歴があるわけではない彼女は、日本の音楽業界ではほとんど知られていない存在です。

800席余りのキャパを持ついずみホールで、客席は半分ほどしか埋まっていませんでした。

ですが、彼女は本物でした。人知れずじっくりと磨かれてきた美しい宝石と、僕は出会うことができたのです。

人気プレイヤーや世界的な巨匠を聴きに行くのはもちろん素晴らしいけれど、まだ名の知られていない若手の実演に接して、原石を探すのもまた楽しいものです。

この日出会った名畑あゆみさんは、僕にとってうれしい発見でした。これからも陰ながら応援していきたい。そう思える演奏家を見つけられたことは、何ものにも代えがたい喜びです。

スカルラッティのソナタ

ドメニコ・スカルラッティ(1685~1757)は、イタリア・ナポリに生まれ、スペイン・マドリードで亡くなった作曲家。

555曲もの独創的なソナタを残しました。ソナタと言っても単一楽章の短いものです。それぞれに創意工夫と斬新な奏法が凝らされていて、現代の僕たちにも新鮮な驚きを与えます。

名畑さんが選んだのは、素早く下降する半音階の音形が印象的なイ短調(K.3 Longo 378)と、軽やかな動きが愛らしいニ長調(K.492 Longo 14)の2曲でした。

▼イ短調(K.3 Longo 378)の参考動画。アメリカ出身のチェンバロ奏者、ラルフ・カークパトリック(1911~1984)の1959年の録音。

▼ニ長調(K.492 Longo 14)の参考動画。ポーランド出身のチェンバロ奏者、ワンダ・ランドフスカ(1879~1959)の古い録音。オルガンでの演奏のようです。

躍動感のあるこの2曲を聴いて僕が感じたのは、名畑さんのリズム感の確かさでした。

大切な音が、ストンと「ツボ」に吸い込まれるようにグルーヴする。それがとてもナチュラルで、心地いいのです。

ベートーヴェンのソナタ第30番

僕の大好きな第30番のソナタ。これが実に見事な演奏でした。

ベートーヴェン(1770~1827)が50歳のころの作品。穏やかな優しさに満ちた音楽で、特に第3楽章の長大な変奏曲は、聴く者の心に安らぎを与えてくれます。

名畑さんは、祈りを込めるように、ひとつひとつのフレーズを大切に紡いでいました。落ち着いたテンポで、一瞬も緩むことなく、地に足をつけて歩んでいく音楽。これが、30歳前後の若いピアニストの演奏というのは驚きでした。

▼ルドルフ・ゼルキン(1903~1991)の1952年の録音。晩年のライブ録音も素晴らしいですが、こちらはまさに「バリバリ」だった49歳のころの演奏です。

デュティユーのソナタ

アンリ・デュティユー(1916~2013)は、現代フランスを代表する作曲家のひとり。

「現代」とは言っても、憂いを帯びた響きには独自の調性感があり、構成も明瞭。比較的とっつきやすい現代音楽と言えます。

このピアノ・ソナタは全楽章を弾くと25分くらいの規模ですが、今回は第3楽章のみが演奏されました。

第3楽章は、荘重なコラール(賛美歌)と4つの変奏曲からなります。

名畑さんは、ベートーヴェンの長大な変奏曲の続きとして、この作品を並べたのかもしれません。ひとつひとつの響きを丁寧に積み重ねて、巨大なクライマックスを築き上げていました。

▼2016年にアップされた名畑さん自身の動画。この頃から3年以上が経って、今回はより成熟した演奏になっていたと思います。

シューマンのダヴィッド同盟舞曲集

ダヴィッド同盟舞曲集は、ロベルト・シューマン(1810~1856)が27歳のころの作品。

この作品が書かれたころ、シューマンはクララ・ヴィークとの恋愛を彼女の父親から執拗に妨害されて苦しんでいました。

そんな事情が反映されているのか、この曲集に含まれる18の楽曲には、幸福から絶望まで様々な感情が吐露されています。

名畑さんの演奏は、この曲に関しては、僕はあまり好きではありませんでした。重く停滞するような場面が多く見られ、響きが淀んでいるように感じられるところも気になりました。

彼女の真面目な性格が、この作品ではよくない方向に出てしまったのかもしれません。丁寧さゆえに、全体が平坦で同系色になってしまっているように感じました。

これから先、彼女の真摯な姿勢に、彫りの深さや遊び心が加わっていくことでしょう。そうして、より色彩に富んだ、陰影の濃い演奏を聴かせてくれることを期待します。

▼この日のコンサート後半の動画がアップされたので引用します。
(0:50から再生されます)

スクリャービンのソナタ第4番

アレクサンドル・スクリャービン(1872~1915)は、ロシアの作曲家。「神秘主義」と呼ばれる独自の世界観を作り上げました。

ピアノの名手でもあり、全12曲(作品番号のない2曲を含む)のピアノ・ソナタを残しました。

第4番は31歳のころの作品。連続した2つの楽章からなり、従来の楽章構成から脱却していく過渡期の作品とも言えます。

弱音で始まる冒頭の、蠱惑的な響き。僕はこの序奏を聴くと、耳元でそっと囁かれるような感じして、くらくらと目眩がしてしまいます。

ですが彼女の演奏からは、そういう色気のようなものではなく、まっすぐな瞳でじっと見つめてくる少女のような、汚れのなさが感じられました。それが、とても新鮮で魅力的でした。

第2楽章からの華やかな展開も見事。最後の和音を弾き切ると同時に颯爽と立ち上がる姿には、思わず「かっこいい!」と声が漏れそうになりました。

▼(この曲が始まる38:36から再生されます)

アンコールに自作を演奏

アンコールとして最初に演奏されたのは、スカルラッティのソナタ ハ長調 K.132 Longo 457。愛らしい小品に、心を込めて向き合う名畑さんの姿には、胸を打たれるものがありました。

▼(この曲が始まる47:57から再生されます)

そして最後に演奏されたのが、名畑あゆみさんの自作「ゲントの鐘 ~祈り~」でした。

ゲントとは、ブリュッセル、アントワープに次ぐベルギー第3の都市。中世の輝かしい過去と、活気に満ちた現代とが美しく調和した町と言われています。

名畑さんは、2018年にゲント王立音楽大学を修了されています。その在学中に作曲されたのでしょうか。

静かな旋律が折り重なりながら鐘の響きになっていく、美しい小品でした。

▼(この曲が始まる53:20から再生されます)

名畑あゆみさんの演奏動画

名畑あゆみさんの演奏を聴くことができる動画を、いくつかご紹介します。

▼50秒ほどの短い自己紹介動画。リストの超絶技巧練習曲 第10番をバックに、英語で短いスピーチをしています。

▼名畑あゆみさんの自作「Twin Mate」。ツインメイトとは、人生の目的を分かち合う仲間のこと。調性のある美しい作品で、ドラマティックな展開は、映画のワンシーンのようです。録音の音質がもう少しよければなぁ…

▼ラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番から第2楽章(ピアノ伴奏版)。濃密な旋律を、じっくりと彫りの深い表現で演奏していて、好感が持てます。情に流されない真面目な方なんだなぁと思います。録音の音質がもう少しよければ…

▼ベルギーのフルート奏者・作曲家、ロレンツォ・パニコーニの作品「Metamorfosi I」。2019年3月にブリュッセルで初演された新しい作品。メタモルフォッシというのは、ギリシャの地名のようです。深い霧の中を分け入って行くような不思議な魅力を持つ音楽です。

あとがき

名畑あゆみさんの演奏を聴いて、真摯に音楽に向き合う姿勢に感銘を受けました。

まだ日本ではほとんど知られておらず、集客の苦労がうかがえましたが、ものごとの本質は「数」ではないのだと強く感じました。

フランス内陸の田園風景が広がるクルーズ地方で、手作りの音楽祭を開催するなど、独自の道を切り開いている名畑さん。

その地道な活動が正当に評価され、彼女の素晴らしい音楽が多くの人に届く日がくることを、陰ながら願っています。

▼2021年10月に兵庫県立芸術文化センター小ホールで行われたリサイタルの感想はこちら。

名畑あゆみピアノ・リサイタル チラシ【演奏会の感想】名畑あゆみ ピアノ・リサイタル「精神の旅路 ~果てしない地平へ~」(2021年10月 兵庫)

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