こんにちは。そなてぃねです。
2021年8月20日、大阪市の住友生命いずみホールで行われた「吉田円香(よしだ・まどか)チェロ・リサイタル」を聴きに行きました。
ドイツで研鑽を積んだ若き女性チェリストが、すべて無伴奏の作品という意欲的なプログラムで臨んだリサイタル。伸びやかな音色を堪能しました。
コロナ禍の中、緊急事態宣言下での公演。吉田さんご本人はもちろん、主催者や会場スタッフも不安を抱えながらの開催だったと思いますが、僕はその勇気をたたえたいです。
演奏会の概要
【吉田円香 チェロ・リサイタル】
- バッハ作曲
無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009 - ボッタームント作曲/シュタルケル編曲
パガニーニの主題による変奏曲 - 黛敏郎作曲
BUNRAKU(文楽)ーチェロ独奏のためのー - ソッリマ作曲
アローン - カサド作曲
無伴奏チェロ組曲
〈アンコール〉
- カタルーニャ民謡/カザルス編曲
鳥の歌
チェロ 吉田円香
2021年8月20日(金)19:00~
住友生命いずみホール(大阪市)
そなてぃね感激度 ★★★☆☆
ドイツで研鑽を積んだチェリスト 吉田円香さん
吉田円香(よしだ・まどか)さんは大阪市出身。京都市立芸術大学を卒業後、ドイツに渡り、ケルン音楽大学の修士課程で名手ヨハネス・モーザーに師事したそうです。
その後、カッセル州立劇場でアカデミー生、期間契約団員を務めて、2018年に帰国。兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)のレジデント・プレイヤーを務める傍ら、ソロや室内楽で活動してこられました。
大きなコンクール歴はないようですが、ドイツの歌劇場で現場経験を積んでこられたこと、佐渡裕さんが芸術監督を務めるPACで活躍してこられたことは、大きな糧となったのではないでしょうか。
卒業後渡独、ケルン音楽大学修士課程にてヨハネス・モーザー氏のもとで研鑽を積み、最優秀の成績で修了。その後カッセル州立劇場にてアカデミー生、期間契約団員を務める。
2018年に活動拠点を日本に移し、兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)にてレジデントプレイヤーとして活動する傍ら、リサイタルや室内楽コンサート、またオーケストラの客演など、幅広く演奏活動を行っている。2019年には帰国記念リサイタルを開催し、好評を博した。
第15回熊楠の里音楽コンクール第1位、及び紀伊民報社長賞受賞。第15回KOBE国際音楽コンクール弦楽器部門奨励賞受賞。ケルン音楽大学室内楽コンクール第2位。
待兼交響楽団、交響楽団ひびきの各定期演奏会にてドヴォルザークのチェロ協奏曲を、またオーケストラ・アンサンブル・フォルツァの演奏会にて、エルガーのチェロ協奏曲を共演。
これまで、熊本祐美子、河野文昭、上村昇、雨田一孝、織田啓嗣、Johannes Moser、Christian Brunnertの各氏に師事。
アム弦楽四重奏団、Flying Cello Co. Quartetのメンバー。
(プログラム・ノートから転載)
ひたむきな姿から紡ぎ出される誠実な音楽
僕はこの公演に、前もって「行こう!」と決めていたわけではありませんでした。以前どこかで受け取ったチラシに写っていた吉田さんの、少しはにかんだ笑顔が心の片隅に残っていて、たまたま今日そのことを思い出したのです。
仕事を早めに切り上げて会場へ。降り続いていた雨があがり、大阪城公園に西日が差していました。
会場に入ると、ステージ上にはピアノがなく、椅子がひとつだけ。それを見て「オール無伴奏プログラムだったのか…!」と気付きました。そのくらい何も知らないまま、ふらりと訪れた演奏会でした。
登場した吉田円香さんは、すらりと背筋の伸びたショートカットの美人で、紺色の落ち着いたドレスがよく似合っていました。客席に目をやって、うれしそうに微笑んだのが印象的でした。
1曲目はバッハの無伴奏チェロ組曲 第3番。最初の一弓から、まっすぐで素直な音楽に好感を持ちました。楽器が自然に鳴り、淀みのない健康的な音色が、心にすっと入ってきました。
ハ長調の堂々とした作品ですが、彼女の演奏はスケールの大きさや豪快さを表に出すタイプではなく、ひたむきに織物を織り上げていくような、誠実で美しい演奏でした。
2曲目のボッタームントの作品は、パガニーニのカプリース第24番を主題にした変奏曲。大変な難曲です。
途中、重音が連続する難所があり、そこでちょっとしたミスが起きたのですが、彼女は実に落ち着いていて、何事もなかったかのように弾き直しました。その冷静さに、僕は逆に感心しました。
しなやかに歌う旋律美
吉田円香さんの美点がより発揮されたのは、後半のプログラムだったように思います。3曲それぞれが、独特の民族的な響きを持つ魅力的な作品です。
人形浄瑠璃を題材にした黛敏郎の「BUNRAKU」、アラビア風の旋律が聴き手の心を酔わせるソッリマの「アローン」、スペインの民族音楽が郷愁を誘うカサドの無伴奏チェロ組曲…
いずれも高度な技術が必要な超難曲。ですが吉田さんは、体を無駄に動かして楽器と格闘することなく、淡々と弾き進めていきます。この落ち着いた姿には、風格さえ漂っていました。
そして表現の面でも、決して感情に溺れることなく、折り目正しく音楽を紡いでいきます。それが、しなやかな旋律美を生み出し、それぞれの作品のエキゾチックな香りを引き立てているように感じました。
コロナ禍の中で演奏会を開くこと
カサドを弾き終わって、何度かカーテンコールを受けた後、マイクを持って現れた吉田さんは、こんなことを語りました。
「先月オリンピックが開催されることが決まったとき、1ヶ月後の自分のリサイタルも無事開催できるだろうと安心していました。
しかしその後、感染者が増えてしまい、今月始めには緊急事態宣言も発令されてしまいました。
そんな状況の中、開催を決断してくださった主催の日本演奏連盟、会場のいずみホール、そして何よりこうして足を運んでくださった皆さまに、本当に本当に感謝しております」
プログラム・ノートの巻頭言にも、彼女はこう記していました。
「昨年の3月頃からコロナ禍の影響で演奏会が次々にキャンセルとなり、活動の場も目標も見失った日々が続いておりました。
そんな中、このリサイタル・シリーズのオーディションが開催されることを知り、また目標を持って頑張れる…!と希望が見えたことを覚えています」
どれほど不安だったことでしょう。今回のリサイタルも、直前に中止が言い渡されてもおかしくなかったのです。
そんな中、開催を決断した主催者、万全の対策で実施した会場のスタッフには頭が下がります。勇気のいる決断だったと思います。
吉田さんの表情からは、今日この場所で演奏できる喜びと感謝が溢れていました。それが何より感動的でした。
アンコールで奏でられたのは、カタルーニャ民謡の「鳥の歌」。この苦しい日々が一日も早く終わって、平和が戻ってきますように…という祈りが込められた演奏に、胸を打たれました。
参考音源
この日のプログラムを追体験できるように、参考音源を置いておきます。
▼バッハ/無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009。名手フルニエの演奏です。
▼ボッタームント/パガニーニの主題による変奏曲。シュタルケルの完璧なテクニックに開いた口が塞がりません。
▼黛敏郎/BUNRAKU(文楽)ーチェロ独奏のためのー。日本を代表するチェリスト堤剛の演奏。年輪を重ねた巨樹のような風格を感じます。
▼ソッリマ/アローン。作曲家としても活躍するラファエル・ヴァインロート・ブラウンの演奏。超カッコイイです。
▼カサド/無伴奏チェロ組曲。シュタルケルの1988年の来日公演。孤高のサムライのような佇まいです。
▼カタルーニャ民謡/鳥の歌。最晩年のカザルスが国連で行った伝説的なスピーチも。
NHK-FMの3月26日放送「リサイタルパッシオ」で田円香さんの演奏がオンエアされ、聴き終わった後、なにかザワザワするものがあって検索したらここに辿り着きました。
そこでの演奏曲目はバッハ、クララ・シューマン、カサド、鳥の歌とこちらで紹介されてあるリサイタルと多く重なっていたのですが、最初の”無伴奏チェロ組曲第1番のプレリュード”を聴いた時に私が感じたのと同じことを的確な言葉で無伴奏チェロ組曲第3番の感想として述べられてあったので嬉しく思った次第です。自分が感じたことは間違った感覚ではなかった、という意味で。
言葉にするという事は中々難しいのですがクラシック音楽にきちんと向き合うと「私という主体」が作られていくのかなと思いました。
「鳥の歌」も静かに語りかけてくるようで、これまで聴いた中でいちばんすっと心に入って来るものでした。
主に関西地方で活動されておられるようですが、東京でも演奏会があったら聴きに行きたいと思いました。
FukushimaH.さん、コメントありがとうございます。
吉田円香さんご出演の「リサイタル・パッシオ」、僕も聴きました!とっても素敵でしたよね。感動を共有できて嬉しいです。
とても素直でまっすぐな音楽を奏でる方だと感じました。ラジオだとリサイタルとはまた違った魅力が味わえて楽しいですよね。
FukushimaH.さんがおっしゃるように、クラシック音楽に触れて、感じたことを言葉にするというのは、自分自身と向き合うことにつながるような気が僕もします。
吉田円香さんはソロリサイタルの機会はあまり多くないかもしれませんが、様々な室内楽で活躍されているようですので、ぜひ生の演奏にも触れてみてください。