こんにちは。そなてぃねです。
毎年楽しみにしている「NHKニューイヤーオペラコンサート」、2021年も会場で楽しむことができました。
コロナ禍での開催。これまでの64年間の歴史の中でも、特別な一夜になったと思います。
歌うこと、特に人が集まって歌う合唱が厳しく制限される中、このイベントを行うのは勇気のいることだったでしょう。
演奏者にとっても、会場の聴衆にとっても、テレビの生放送を見る人たちにとっても、忘れられない2時間になったに違いありません。
この記事では、録画した放送を見た感想も踏まえて、「第64回NHKニューイヤーオペラコンサート2021」についてお伝えします。
演奏会の概要
【第64回NHKニューイヤーオペラコンサート2021】
〔ソプラノ〕
伊藤晴
大村博美
幸田浩子
砂川涼子
田崎尚美
中村恵理
森麻季
森谷真理
〔メゾ・ソプラノ〕
林美智子
〔テノール〕
笛田博昭
福井敬
宮里直樹
村上敏明
望月哲也
〔バリトン〕
上江隼人
〔バス〕
妻屋秀和
〔合唱〕
新国立劇場合唱団
二期会合唱団
藤原歌劇団合唱部
〔ピアノ〕
反田恭平
〔指揮〕
広上淳一
〔管弦楽〕
東京フィルハーモニー交響楽団
〔司会〕
秋元才加
森田洋平アナウンサー
2021年1月3日(金)19:00~
NHKホール(東京)
そなてぃね感激度 ★★★★★
渾身の歌を聴かせてくれた16人の歌手たち
今年登場したソリストは16人。今までで一番少なかったかもしれません。
特に、メゾ・ソプラノとバリトンが1人ずつというのはバランスが悪く、その点はちょっと残念でした。
交響曲 第9番「合唱つき」~「歓喜の歌」(ベートーヴェン作曲)
最初の曲は、ベートーヴェンの「歓喜の歌」。オペラ・ガラとしては異例の選曲と言えます。
これはまさに、コロナ禍における「希望」を象徴する作品。2020年のクラシック音楽業界の大きな目標が「なんとか第9を演奏する」ということだったからです。
第4楽章の一部分のみでしたが、「歓喜の歌」の輝かしい響きが会場を満たし、感動的でした。
オーケストラはステージ上に配置され(通常はピットに入ることが多い)、合唱がそれを取り囲むように並びました。
巨大なスクリーンが彼らを取り囲み、曲ごとに美しい映像が映し出されていきました。
歌劇「トゥーランドット」~「誰も寝てはならぬ」(プッチーニ作曲)
ソリストの一人目は、テノールの宮里直樹(みやさと・なおき)さん。艷やかな明るい声が魅力的でした。
クライマックスの「vincero!(勝ち取ってみせる!)」を朗々と歌い上げ、トップバッターの重責を見事に果たしました。
クリクリとした愛らしい瞳の宮里さん。ふっくらとしたお顔は、生まれたての赤ちゃんのようなベビースキン。きっと少年のような綺麗な心の持ち主なんだろうなぁと想像しながら聴きました。
歌劇「清教徒」~「ラッパの響きが聞こえ」(ベッリーニ作曲)
バリトンの上江隼人(かみえ・はやと)さんと、バスの妻屋秀和(つまや・ひでかず)さんの二重唱。
ふたりとも張りのある低音で、息もピッタリでした。ふたりはこの後も複数の曲に登場し、大活躍します。
歌劇「椿姫」~「ああ、そはかの人か~花から花へ」(ヴェルディ作曲)
女性の一番手は、ソプラノの伊藤晴(いとう・はれ)さん。ヴィオレッタの有名なシーンを歌いました。
力強い声で立派に歌いましたが、かなり緊張していたようで、固さも感じられました。
後半の「花から花へ」など、軽やかさや、しなやかさも表現してほしいところでした。
歌劇「仮面舞踏会」~「あの草を摘みとって」(ヴェルディ作曲)
去年の同番組で、ヴェルディ作曲「運命の力」を歌い、凄まじい絶唱を聴かせたソプラノの中村恵理(なかむら・えり)さん。今年も圧巻でした…!
隅々まで鋼鉄の意思が漲った声は、どの瞬間を切っても鮮血が飛び散るような緊張感に満ちています。
表現のひとつひとつが磨き抜かれた、恐ろしいほどの芸術性。まさにワールドクラスの実力に圧倒されました。
歌劇「トロヴァトーレ」~「見よ、恐ろしい火を」(ヴェルディ作曲)
テノールの笛田博昭(ふえだ・ひろあき)さんの登場。
この方はやっぱりスケールが大きい。豊かな声はNHKホールの巨大な空間に響き渡り、ルックスも180センチを超える偉丈夫で舞台映えする。日本人テノールとしては稀有なタレントです。
炎に包まれながら力強く歌い上げる姿は「鬼滅の刃」の煉獄さんのようでした。
歌劇「リゴレット」~「慕わしい人の名は」(ヴェルディ作曲)
ソプラノの幸田浩子(こうだ・ひろこ)さん。この番組には15年以上前から出演しているベテランですが、永遠の少女のような立ち姿は今も変わらず。
清純でまっすぐな歌い方は、世間知らずの乙女ジルダのアリアによく合っていました。
歌劇「リゴレット」がここから3曲続いて、一連のシーンとなります。
歌劇「リゴレット」~女心の歌「風の中の羽のように」(ヴェルディ作曲)
テノールの望月哲也(もちづき・てつや)さんは、風のように軽やかな声の持ち主。独特の伸びやかな歌いまわしが、マントヴァ公爵の有名なアリアにピッタリでした。
望月さんは「総重量約500kgの重量級クラシック・ボーカル・グループ」として人気の「IL DEVU(イル・デーヴ)」のメンバーですが、かなりダイエットされた様子。
痩せ過ぎて歌声に影響があるのでは…と心配しましたが、大丈夫そうでした。
歌劇「リゴレット」~四重唱「美しい乙女よ」(ヴェルディ作曲)
幸田浩子さんと望月哲也さんに、メゾ・ソプラノの林美智子(はやし・みちこ)さんとバリトンの上江隼人(かみえ・はやと)さんが加わって聴き応えのある四重唱を披露しました。
ガラ・コンサートですが、オペラの一場面を見ているような楽しいシーンでした。
歌劇「タンホイザー」~巡礼の合唱「ふるさとよ、また見る野山」(ワーグナー作曲)
前半の最後は「タンホイザー」の巡礼の合唱。ア・カペラの男声合唱で始まるこの曲、心が洗われるような感動的な調べでした。
ですが、予想より短かったからか、会場の聴衆は拍手をするタイミングを見失って、演奏後しばらく沈黙… こんなこともあるんですね。
出演は、新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部。数えてみると40人で、やはり例年の半分程度のようでした。
若手ピアニスト反田恭平さんのコーナー
中間部のミニコーナーには、売れっ子ピアニストの反田恭平(そりた・きょうへい)さんが登場。
演奏したのは2曲。最初はチャイコフスキー作曲の歌劇「エフゲーニ・オネーギン」の「ポロネーズ」をリストがピアノ用に編曲したもの。
きらびやかなテクニックが散りばめられたこの曲を、反田さんはニュアンス豊かに演奏しました。
反田さんは高校を卒業後ロシアに留学。トークコーナーでの話によると、ボリショイ劇場の学生券は、なんと150円!頻繁にオペラやバレエを見ることができたそうです。そうした経験が、彼の演奏の土台になっているのでしょう。
2曲目のシューマン作曲/リスト編曲の「献呈」も、瑞々しい歌心に溢れた演奏でした。
歌劇「ワリー」~「さようなら、ふるさとの家よ」(カタラーニ作曲)
ソプラノの田崎尚美(たさき・なおみ)さんによる、豊かな歌声。
去年の同番組で歌ったドボルザーク「月に寄せる歌」の感動が今も残っていますが、今年の「ワリー」も田崎さんの声質によく合っていて、素晴らしかった。本当に美しい曲で、僕は大好きです。
歌劇「カルメン」~ハバネラ「恋は野の鳥」(ビゼー作曲)
今回ただ一人のメゾ・ソプラノ、林美智子(はやし・みちこ)さんによるカルメン。
何度も演じてきた得意の役柄だけに、演技も含めて完全に自分のものになっている感じ。
でも、林さんご本人のキャラがにじみ出てしまって、「魔性の女」というよりも、明るくかわいい女性になってしまうんですけどね。
密着した演技ができない状況で、マネキンを使った演出は面白かった。カルメンの色気に魂を抜かれた男ども、ということでしょうか。
歌劇「カルメン」~花の歌「お前が投げたこの花は」(ビゼー作曲)
カルメンに魂を抜かれた男のひとり、ドン・ホセを演じたのは、テノールの村上敏明(むらかみ・としあき)さん。
この方の声も独特。強靭な喉を鳴らすような感じで、ピンと張った声質。甘く切ない名曲を、安定感抜群に歌い切りました。
歌劇「つばめ」~「ドレッタの夢」(プッチーニ作曲)
ベテランの域に達した森麻季(もり・まき)さん。その美貌は年々磨きがかかっています。
ノンヴィブラートでまっすぐに発っせられた純白の声は、長い弧を描いて宙を舞います。森さんだけの特別な歌声。
夢見るような美しい愛の調べに、うっとりしてしまいました。
歌劇「マノン・レスコー」~「はなやかに着飾っても」(プッチーニ作曲)
僕が一番好きなソプラノ、砂川涼子(すなかわ・りょうこ)さんが、いよいよ登場!
彼女の声は、じっくりと時間をかけ、丁寧に丁寧に磨き上げられた宝石です。謙虚に自分と向き合い、無理な役で声をつぶさないよう、慎重に育ててきたのでしょう。
だから、彼女が新しい作品を聴かせてくれるたびに、まだ見ぬ宝石の一断面に、初めて光が差すような感動があるのです。
▼2020年12月の砂川涼子さんの「アヴェ・マリア」コンサートの感想。
2020年12月19日 砂川涼子 ソプラノ・リサイタル 心に染み入るアヴェ・マリア… 最高のクリスマス・プレゼント歌劇「ロメオとジュリエット」~ジュリエットのワルツ「私は夢に生きたい」(グノー作曲)
2時間の公演も終盤に近づいてきました。森谷真理(もりや・まり)さんの登場です。
2006年にメトロポリタン歌劇場で「魔笛」の夜の女王役で鮮烈なデビューを飾った頃の森谷さんは、研ぎ澄まされた鋼のような切れ味の鋭い声が特徴だったように思います。
ですが今の森谷さんの声は、奥に含みを感じさせるような独特の重い声になっていて、ジュリエットの役柄には、ちょっと合わないように感じました。
もちろん抜群にうまい。圧倒的なテクニックで、どんな難しいパッセージも鮮やかに決めてくる。でも、ジュリエットに見えないのです。
歌劇「ドン・カルロ」~「われらの胸に友情を」(ヴェルディ作曲)
テノールの笛田博昭さんと、バリトンの上江隼人さんがデュエットで再登場。ふたりの声質のバランスが、すごくよかった。
それにしても上江さん、この日なんと3曲目。ソロはなかったけど、大活躍でした。
歌劇「蝶々夫人」~「ある晴れた日に」(プッチーニ作曲)
ヨーロッパでも「蝶々夫人」の歌い手として活躍し続けている大村博美(おおむら・ひろみ)さん。この曲を、これまでに何度歌ってきたことでしょう。
情感豊かな圧巻の歌唱。この人こそ世界一の蝶々さんだ…!
歌劇「アンドレア・シェニエ」~「ある日、青空をながめて」(ジョルダーノ)
テノール界の第一人者、福井敬(ふくい・けい)さんは、去年と同じ「シェニエ」を選曲。やっぱりすごかった…
現在58歳。力強い声は、ますます輝きを増していました。何を食べて、どんなトレーニングをしたら、あんなふうになれるのでしょう。
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」~「親方たちをさげすんではならぬ」(ワーグナー作曲)
大トリはこの方、妻屋秀和(つまや・ひでかず)さん。
堂々たる体躯から響く声は雄渾で、あたたかみがあります。日本が世界に誇るバスと言えるでしょう。
合唱が加わる壮大なラスト。ソリスト全員がラインナップし、巨大スクリーンが神々しく光り輝く。感動的なクライマックスでした。
オンエアで気付いたのですが、光りに包まれた妻屋さんが、後奏で何かをつぶやいている。唇の動きを見ると、どうやら
「お母さん、ありがとう…」
と言っているようでした。
Facebookで妻屋さんと繋がっている友人から後で教えてもらったのですが、妻屋さんは12月になってから、大好きなお母さんを亡くされたのだそうです。
息子の一番の理解者であり、一番のファンだったお母さん。きっとこのステージも楽しみにしていたことでしょう。
妻屋さんは天国から見守ってくれているお母さんに、感謝の気持ちを伝えたのだろうと思い、改めて感銘を受けました。
喜歌劇「こうもり」~「ぶどう酒の燃える流れに」(ヨハン・シュトラウス作曲)
毎年恒例の最後の曲。ソリストが順番に一節ずつ歌っていく楽しいラスト。今年も大満足の2時間でした。
歌手たちを手堅く支えた広上淳一さん
今年の指揮者は広上淳一(ひろかみ・じゅんいち)さん。
去年の指揮者、アンドレア・バッティストーニがあまりに強烈だったので、それと比較することはできませんが、広上さんは手堅く歌手たちを支えていました。
広上さんは歌劇場で修行を積んだ人ではないので、オペラが得意なわけではないと思います。自ら主導してグイグイ音楽を作っていくという感じではありませんでした。
ですが、広上さんならではの音楽のうねり、ハッとするような香り高い音が随所に散りばめられ、魅力的な瞬間がたくさんありました。
コロナ禍の中でオペラ・ガラを開催する意義
苦しかった2020年を乗り切って…
2020年はクラシック音楽業界にとっても極めて厳しい1年となりました。
1月に中国・武漢が都市封鎖されたのを皮切りに、2月以降、世界中でコンサートが延期・中止になっていきました。
ようやく再開され始めたのは6月の下旬。それでも観客を入れることは制限され、今も半分ほどしか集客できない状況が続いています。
オーケストラは奏者どうしの距離をとることが求められ、合唱はマスクを着用するなど、より厳しい条件が課されてきました。
多くの演奏家は収入の道を絶たれ、オーケストラや合唱団は公演するたびに赤字になる状況を耐え忍んでいます。
そんな状況下だからこそ、今回の公開生放送を勇気をもって開催してくれたNHKに、僕は感謝したい。
会場で聴いた人にも、テレビの生放送を見た人にも、音楽の力、人の声の素晴らしさが届いたことでしょう。
2021年は希望に満ちた年になりますように… そんな願いを共有する時間となりました。
万全のコロナ対策を施して
おそらく、この公演を実現するために、NHKの制作陣は相当な危機感をもってコロナ対策を施したはずです。
オケの規模は例年より小さくなっていました。密を避けるために、弦楽器の人数を減らしていたと思います。
合唱の人数も例年に比べて半分ほどの人数。その上で、お互いの距離を確保できるような配置がなされていました。
ソリスト同士も、寄り添う演技や、向かい合って歌う形は避けているようでした。
番組のエンドロールには「感染対策指導」を担当した専門家の名前も出ていましたから、舞台裏にも配慮がなされていたと想像されます。
客席は3分の1くらいに減らしているようでした。ちょっと寂しかったですが、来年は満席にして開催できることを願うばかりです。
【オペラの感想】第63回 NHKニューイヤーオペラコンサート2020(NHKホールでのライブと放送を見て)