【大人の発達障害】自己愛性パーソナリティ障害は治療できるのか?妻に見放されて初めて自覚した心の闇(僕の体験談5)

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自己愛性パーソナリティ障害は治療できないと言われています。そもそも本人が自覚できないからです。僕もずっとそうでした。そして、妻や子供から軽蔑され完全に見放されて初めて、自分に致命的な欠陥があることに気付くのです。

自己愛性パーソナリティ障害は治療できるのか?

孤独

様々な書籍やウェブサイトで自己愛性パーソナリティ障害の治療法について調べてみると、そのほとんどに、「治療するのは無理!」と書かれています。いくつか引用しておきましょう。

治療の進展のためには患者が自己愛と決別する必要がありますが、そのため治療はかなり困難です。効果を上げるためには精神分析的アプローチを勧める治療者もいますが、さらなる研究が必要です。
ハートクリニックHPから引用)

治療は誇大化された自己像と向き合わなければならないため、一時的な落ち込みや不安が生じることがあります。その場合には、安定剤や抗うつ薬などの薬物療法が用いられることが多くあります。いずれにしても、ドクターと相談しながら根気よく治療を行っていくことが求められます。

また周囲の対応としては、優劣を競ったり、直接的な批判や説教は避け、間違っても全ての要求を受け入れたりしないことが大切です。

自己愛性パーソナリティー障害は、20代で解消することも多々あります。とは言っても、浮き沈みが激しい症状でもあるため、大きな精神ダメージを受ける前に精神科へ行くことも大事です。1人で抱え込まずに、まずは精神科のドクターに相談してみましょう。
ヘルスケア大学HPから引用)

「20代で解消することも多々あります」の記述に少し希望を持てそうな気がしますが、実際には自らの障害を自覚することが困難です。つまり、治療のスタートラインに立つことができないのです。若いうちに向き合うことができたら幸運と言っていいでしょう。僕のように向き合うことから逃げ続けて年を重ねてしまうと、障害の度合いはどんどん深まっていきます。

その病いに特効薬はなく、歳とともに悪化する。悪性の場合、治療さえ難しいのは、心理療法の恩恵を得るには、まず自分に欠陥があることを受け入れる必要があるが、彼らにはまさにそれができないからだ。(中略)実際に自己治療は不可能に近いというのが実情でしょう。
自己愛性人格障害は自覚できないので治療が困難 [ モラハラ資料 ]から引用)

このサイトでは自己愛性パーソナリティ障害の人を「モラハラ(モラル・ハラスメント)の加害者」と位置づけています。この解釈は極めて正しいと僕は思います。その観点で言うと、モラハラを行う人格障害者をどう治療するか?というのは愚問で、「とにかくそいつから離れろ!」が周りの人々(特にパートナー)が取るべき唯一の正解となるでしょう。僕の妻にとって回復への道は、僕という人間から決別する以外になかったのです。

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妻が僕を見放すまでの道のり

僕は妻と出会ってから15年以上、様々な形で妻に対してモラル・ハラスメントをし続けてきました。自己愛を維持することに必死な僕は、常に妻を見下し、妻の欠点を探し、妻に罪悪感を抱かさなければ自分を保つことができなかったのです。

妻はそれでもずっと僕と一緒にいてくれました。こんな僕とでも幸せな家庭は築けると信じ続けてくれたのです。僕がまともな人間に成長するのを待ち続けてくれた、と言ってもいいかもしれません。

ですが、ふたりめの子供を妊娠したことをきっかけに、妻は僕の人格そのものに大きな問題があることに気付き始めました。その過程で起こった象徴的なできごとを、いくつか見ていきます。

妻の出産時に露呈した僕のアスペルガー

ふたりめの子供の出産は、妻が望んだ幸せなお産にはなりませんでした。大きな事故が起こったのです。それは、無痛分娩の際の硬膜外麻酔によって引き起こされた「脳脊髄液減少症」でした。この経緯については、こちらをご覧ください。僕は夫として、妻の出産を全力で守るべき立場にあったにもかかわらず、よく調べもせずにリスクのある無痛分娩を選び、出産後に妻に起こった異常(激しい頭痛)に対して、まともな対処がまったくできませんでした。妻が大変な状況になっていることを察知し、その苦しみに共感し、対応策を必死に調べ、媚びることなく医師に対峙することができたなら、妻を救うことができたかもしれません。しかし僕はただあたふたするだけで、妻を救うための手を何も打つことができませんでした。妻は何もしてくれない夫に絶望したにちがいありません。

さらに、その直後から妻は激しい乳腺炎に悩まされました。これは、脳脊髄液減少症の症状を緩和するために打った点滴が原因でした。おっぱいは岩のように固くなって熱を持ち、妻はあまりの激痛にベッドの上で泣いていました。そして、入院は通常よりも数日長引くことになりました。この経緯については、こちらに記しました。僕は苦しむ妻を目の当たりにしても何もできませんでした。妻自身が激痛に耐えながら自力で調べて、「腕のいい助産師さんのマッサージを受ければ痛みが緩和するはずだから、探してほしい」と僕に頼みました。助産所のリストまで示して。僕はそのいくつかに電話はしましたが、うまく探し出すことができず、早々にあきらめてしまいました。妻には「いい助産師はいなかった」と報告しました。妻の絶望は、どれほど大きかったでしょうか。

この一連の僕の行動は明らかに常軌を逸していました。共感の欠如、人の心よりも自分を守ることに汲々とする精神性の低さ。アスペルガー症候群の傾向の表れであり、自己愛性パーソナリティ障害の表れでもあったと思います。

妻はこれらの出来事に直面し、僕という人間の異常性を確信したと言います。そして、これまで傷つき続けてきた15年を振り返ったとき、すべてはつながっていたことに気付いたのです。夫は人格に大きな欠陥があるのではないかと。

育休をとった僕は何もできない無能人間だった

僕はふたりめの子供の出産にあたり、育児休暇を取得することにしました。それも、1年間という長期間にわたって。妻の出産後のケアと家事育児を万全にしたいと思ったのです。

僕はこう考えていました。「これまで身体の弱い妻は、家事をうまくやってこれなかった。僕が休暇をとればうまくできるはず。なぜなら僕の方が優れた人間だからだ」

しかし、僕の計画(そもそも計画なんてものは、なかったのですが)は、最初から大きくつまづくことになりました。それが、上に記した出産時の事故でした。

妻は退院した時、かなり衰弱した状態になっていました。頭痛も続いていたし、乳腺炎はまだまだひどい状態でした。そこで僕が直面したのは、「弱っている人・困っている人のケアがまったくできない」という、自分の能力の欠損でした。相手はいったい何に苦しんでいるのか、どのくらい苦しいのか、何をしてもらいたいのか、そういう相手の状況がまったく読めませんでした。ちゃんと言葉で指示してもらわなければ何もできない。言葉で指示されても意味を取り違えたり、それほど重要でないと勝手に解釈して放置したり、ということが頻繁に起こりました。

次に直面したのは、「生まれたばかりの赤ちゃんの世話がまったくできない」という事実でした。生まれてきた子供は、こんな家族の状況が影響したのか、過敏でひどく泣く傾向がありました。そんなとき妻は優しく抱きしめて安心させてあげることができました(自分もしんどいのに)。そして、赤ちゃんの性質を見極めて、適切なケアを工夫することもできました。それに対して僕は、ただ焦ってパニックになり、とんちんかんなことばかりしていました。そしてここでも、妻からの指示待ちに陥りました。

こういったエピソードは、今思えばアスペルガー症候群の傾向の表れだったと思います。

さらに、育児休暇をとったから上手にできるはずだった家事が、何一つまともにできないことも判明しました。料理がまともにできない。段取りが立てられないのです。掃除もまともにできない。そもそも汚れやカビなどに対する感覚が鈍いのです。片付けもまともにできない。家族のものが混じると境界があいまいになって区別がつかなくなるのです。通院や検診のスケジュール管理もまともにできない。先を見通すことができないのです。育児に必要なものの準備もまともにできない。何が必要なのかビジョンを描くことができないのです。

こういったエピソードは、ADHDの表れだと見ていいのではないかと思います。

妻にしてみたら、夫が育休をとってくれたら、安心して身体の回復と授乳に励むことができると思いますよね。なのに毎日夫の無能ぶりを目の当たりにして、かえって心配ごとが増えるありさま。「夫は何か重要な能力が欠けているのではないか」と疑うのも無理はありませんでした。

僕自身はといえば、ここまで露呈してもなお、「できない自分」を認めることができませんでした。そしてあろうことか、長女に矛先を向けたのです。

長女に自分自身を投影し責める父親

僕は自分ができないことばかりで勝手に疲弊していく中で、長女に口うるさく注意をするようになりました。長女は中学校への進学の時期で、不安もたくさんあった時期でした。そんな時に、お母さんが体調を崩し、赤ちゃんのお世話も一生懸命手伝いながら、無能な父親が一日中家にいて訳の分からないことを口うるさく注意してくる。とてつもなく大きなストレスだったことでしょう。

「できない自分」から目をそらして、長女を自分の代わりに責めるという逃避行動。この時期に長女に負わせてしまった心の傷は、償っても償いきれるものではありません。

妻は何度も何度もチャンスをくれた

妻はネットを調べて、夫の症状が発達障害によるものであることを発見します。さらに、自己愛性パーソナリティ障害の持ち主であることも確信していきました。妻自身が15年以上にわたって苦しんできた原因は、夫によるモラル・ハラスメントだったと気付いたのです。この時点で、妻は危険な夫から逃げる選択をすべきだったのかもしれません。

けれど妻は、僕を信じて逃げずにいてくれました。僕に発達障害や自己愛性パーソナリティ障害の概念を伝え、頼むから自覚して改善してほしいと訴えました。大きな愛をもって僕と向き合ってくれたのです。

にもかかわらず僕は妻の言葉を聞き入れることができませんでした。まさか自分の人格に異常があるなどと、どうしても認めることができず、逆ギレし、さらに相手を傷つけていきました。自己愛性パーソナリティ障害が治すことのできない障害だと言われるゆえんです。

妻は何度も何度も、言葉を尽くして、僕の改善を待ってくれました。「このままでは、本当に愛することができなくなってしまう」と、叫びのような思いも吐露して。長女までもが、同じように言葉を尽くして僕に語りかけてくれました。その最後の思いを、僕はついに受け入れることができなかったのです。

見放されてようやく認めることができた心の闇

そしてついに、そのときが来ました。優しかった妻の目が、心底軽蔑した目に変わり、優しかった言葉が、憎しみに満ちた口調に変わっていきました。本当に本当に、僕は妻から見放されてしまったのです。

そうなって初めて、少しずつ僕は、自分は取り返しのつかないことをしてしまったのだと思い知りました。今もまだ、妻の軽蔑に満ちた目と、憎しみに満ちた口調は変わっていません。「私の身体が健康で、経済的に自立できるなら、今すぐにでも離婚したい」と、はっきりと言われています。

僕は、今からでも自分を変えていくことができるのでしょうか。その道のりについては、また改めて書いてみたいと思います。

「大人の発達障害」一連の記事について

「大人の発達障害」について、いくつかの記事を書いています。これらは医学的な専門知識をまとめたものではなく、あくまで僕個人のケースについて記したものです。大人の発達障害の症状は人によって千差万別ですので、僕の例はその重さも傾向も他の方とはまったく違うと思います。

正確な情報は専門家の著述を参照していただくとして、僕は僕にしか書けない個人的な事情を記しておきたいと思います。以下のような構成になっています。順にご覧いたけると分かりやすいかもしれません。

【大人の発達障害】ADHDとアスペルガー症候群の並存…結婚して気付いた自分の致命的な欠陥(僕の体験談1)

【大人の発達障害】ADHDとアスペルガー症候群の二次障害として「自己愛性パーソナリティ障害」が形作られた(僕の体験談2)

【大人の発達障害】アスペルガー症候群と自己愛性パーソナリティ障害は結婚生活を破壊する(僕の体験談3)

【大人の発達障害】夫のアスペルガーは妻を追い詰め、「カサンドラ症候群」を引き起こす(僕の体験談4)

【大人の発達障害】「カサンドラ症候群」の実例から学ぶ・・・アスペ夫の言動のすべてが妻を追い詰める(様々な体験談から)

【大人の発達障害】自己愛性パーソナリティ障害は家族に見放されて初めて自覚できる(僕の体験談5) ←いまここ!

【大人の発達障害】治療への道のり・・・自分をさらけ出せる友人との出会いが僕の道しるべとなった(僕の体験談6)

〔追記〕その後、僕たち夫婦の関係は決定的に悪化してしまい、ついに「家庭内別居」の状態に至ってしまいます。その引き金となったのは、次女の出産時に起こった「産後クライシス」でした。それらのことについては、こちら↓をご覧ください。

【パートナーシップ】僕たち夫婦が「家庭内別居」をすることになった理由、そして「希望ある離婚」とは

【産後クライシス】妻が僕を憎むようになった理由… 妻の怒りに夫としてどう向き合うか(体験談)

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