【自分の人生を生きる】「一人一宇宙」の考え方で人生が変わる(かも!) ― 真の自立に向けてー

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最近、友人のセラピストから「一人一宇宙」という言葉を教わりました。対人関係に悩んでいるときに、とても役に立つ考え方だと感じました。特にパートナーとの関係に、新たな視点を与えてくれます。

壊れた夫婦関係…罪悪感にさいなまれる

一人一宇宙 タイトル

「一人一宇宙(ひとりひとうちゅう)」という考え方を知るまでに、僕は大きな回り道をしてきました。きっと必要な道のりだったのだと思います。ちょっと長くなりますが、その経緯を記しておきます。

僕は5年ほど前から夫婦関係に大きな悩みを抱えています。一言で言うと「家庭内別居」のような冷え切った状態になってしまっているのです。恥ずかしいことに、妻が怖くて、ビクビクしながら生きています。

妻とは出会って20年近く経ちますが、妻は「はじめの15年間は、ずっと我慢していた」と言います。僕の性質に、発達障害の傾向や、自己愛性人格障害の片鱗を感じて、ずっと傷つき、ストレスを感じ続けてきたと言うのです。

5年前の次女の妊娠・出産を機に「産後クライシス」の状態に陥り、妻がそれまで溜め込んできた不満が爆発しました。それ以降は坂を転げ落ちるように、夫婦関係は悪化の一途をたどりました。

そして今は、僕のやることなすこと、すべてに対して、妻は怒りと恨みと憎しみの感情をぶつけてくるような状態になっています。僕が仕事と家事の両立に努力をしたところで、感謝することはもちろん、認めることさえありません。僕にできていないことがあると怒り出し、人格否定にまで至ります。

僕は、妻のそうした感情に直面するうちに、自分は罪人であると思い込むようになっていきました。僕は罰せられなければならない人間なのだと。僕は人として欠陥を抱えていて、それを治さなければ認めてもらえないのだと、信じるようになっていきました。

精神科医のカウンセリングは無意味だった

僕は、自分という人間を変えなければいけないと考えました。また、妻も「あんたが罪深い人間であることを、偉い先生から教えてもらってこい」と言って、精神科にかかるよう要求しました。

いくつも病院を回りました。本を書いているような著名な精神科医の何万円もするカウンセリングも受けました。でも彼らによって僕が救われることはありませんでした。「そんなこと、本を読めば書いてあるよ」というような言葉しか聞けませんでした。

妻からは追い打ちをかけるように「あんたは何も変わらない」と罵声を浴びせられ、どんどん負のスパイラルに入り込んでいきました。

友人のセラピストたちから学んだこと

そんな中、学生時代の親しかった先輩がカウンセラーをしていることを思い出し、久しぶりに連絡をとってみました。4年前のことです。

彼との再会がきっかけで、ヒーラーやセラピスト、コーチといった、心の領域を専門とする人たちとの数多くの出会いに恵まれました。不思議なことに、みんな素晴らしい人たちで、心から尊敬でき、仲良くなることができました。

彼らには共通点がありました。それは「人はみな、愛そのもの」と信じていることでした。そして「愛そのものである本来の自分に戻ること」こそが、人生の本質であるという信念に基づいて、心に寄り添う仕事をしていました。

この考え方は、僕にとってまったく新しいものでした。著名な精神科医たちは、そんなことを誰も言っていませんでした。僕は直観的に、彼らの中に僕が目指すべき道があると感じました。

「愛そのものである本来の自分」とは何でしょうか?「たましいの本当の願い」という言葉で表現する人もいました。

ここで彼らが最も重要なこととして説いてくれたのは、「罪悪感を手放していくこと」でした。

罪悪感を手放す!?

はじめは理解できませんでした。僕は、もっともっと罪悪感を強く持たなければいけないと思っていたのですから。妻からも、そう厳命されていました。罪人として、一生反省して生きていけと言われ、そうしなければならないと思い込んでいました。

でも、僕の尊敬する友人たちは、「罪悪感を手放しなさい」と言う。そうすることで、「愛そのものである本来の自分」に戻っていけると言うのです。

僕は、彼らと出会ってからの4年間、ずっとそのことを意識して生きてきました。そして、その流れの中で、最近新たに教わったのが「一人一宇宙(ひとりひとうちゅう)」という考え方でした。

「一人一宇宙」の概念

この言葉、ネットで検索してみると、なんだかよく分からない難しいことが色々と書かれています。

一般的な意味での「宇宙」と「一人一宇宙」の概念がどう関連しているか。また、「唯識」という難しい言葉が出てきたりします。

正直、僕には難しいことは分かりません。ですが、友人のセラピストが教えてくれたこの言葉には、直観的に腑に落ちるものがありました。

ですので、ここでは僕が腹で感じた「一人一宇宙」の意味について、僕なりの言葉で紐といてみます。

僕が見ている宇宙と、相手が見ている宇宙

「宇宙」という言葉は、ちょっと壮大すぎてイメージが湧きにくいかもしれませんね。もう少し分かりやすい言葉に置き換えると、「世界」でしょうか。「世界」には、「人」とか「出来事」など、僕たちが認識できることがらがすべて含まれていると考えてください。

あなたが見ている世界と、他の人が見ている世界は、まったく別ものである。そして、そのどれもが「幻想」である。それが「一人一宇宙」の考え方の基本です。

例えば、Aさんという人がいるとします。あなたから見たAさんは、ほがらかで前向きないい人として映っています。ところが、あなたの友人から見たAさんは、ウソの笑顔で調子のいいことばかり言っている信用ならない人として映っています。

同じAさんという人物なのに、あなたの見ているAさんと、あなたの友人の見ているAさんとでは、まったく違った人物として映し出されているのです。

こうした現象は、みなさんが日常的に経験されていることでしょう。これは「一人一宇宙」の考え方に沿えば、当たり前のことです。

ところが僕たちは、みんな同じように世界を見ているはずだ、という錯覚を抱いています。だから、自分と相手の見方に違いがあると、「自分は間違っているのではないか」と思ってしまったり、「相手は間違っている」と思ってしまったりします。本当は違いがあることが自然なのに。

僕と妻は違う世界を生きている

あなたが見ている世界と、他の人が見ている世界は、まったく別ものである。そして、そのどれもが「幻想」である、という「一人一宇宙」の考え方を、僕と妻との関係に当てはめて考えてみます。

妻はよく過去の出来事を思い出しては、「あの時、私はこんなに苦しかった。あんたは、こんなにひどいことをした」とを言います。

だけど、僕の記憶の中にある同じ出来事は、まったく別の形をしています。「僕はそんなつもりはなかった。君がそんなに苦しんでいたことにも気付いていなかった」と。

僕は、こうした違いを突き付けられたとき、妻の苦しみに気付かなかった自分を責め、無自覚にひどいことを言ってしまった自分を責めていました。反省して、もう二度と同じ過ちを起こさないように改善しなければいけないと思っていました。

でも、それは間違っていたかもしれません。僕はただ、こう気付けばよかったのです。

「あぁ、そうか。君の目には、世界はそんな風に映っていたんだ」

自分を責めるのではなく、また相手を責めるのでもなく。ただ、目に映る世界が違っていたことに気付くだけでよかったのです。

目に映る相手の姿は「幻想」である

ここで大事なのは、相手がどのように世界を見るかは、あくまで相手が選ぶことだ、ということです。そこには立ち入ってはいけないのです。

そして、もう一つ大事なのは、自分の目に映っている相手の姿は「幻想」に過ぎない、ということです。

僕は、妻に罵声を浴びせられると、「なんてひどいことを言うんだ」と、悲しみの感情や、怒りの感情が湧いてきます。そして、相手を攻撃したり、逆に自分を責めたり、といった防御反応が起こります。

でも、「ひどい人」として僕の目に映る妻の姿が「幻想」だとしたら?僕は幻想に踊らされて、悲しみや怒りや攻撃性や罪悪感を、自分で勝手に生み出していることになります。

「一人一宇宙」の考え方に沿って、僕の目に映る妻の姿は「幻想」であると捉えてみましょう。すると、「もしかしたら、妻はただ、○○をしてほしいと頼んでいるだけなのかもしれない。すごくキツイ言い方に聞こえたけど、実はそんなつもりはなかったのかもしれない」と、相手の違う側面に思いが向くようになります。

すると不思議なことに、心に沸いた悲しみや怒りや攻撃性や罪悪感は、いつの間にか心から消えていきます。このことをセラピストの友人は「手放す」という言葉で表現していました。

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相手が「手放す」ことを求めてはいけない

今度は相手の立場に立って見てみましょう。

妻が見ている僕の姿もまた「幻想」です。過去の記憶もすべて「幻想」です。幻想が連鎖して、悲しみや憎しみが増幅されているのが、今の妻の状態です。すべての幻想を事実だと思い込んで、僕を強く攻撃しようとします。

妻は、身体のあちこちに痛みが出たり、精神的に不安定になったりと、心身に様々な症状を抱えています。おそらくこれは、幻想の連鎖によって、自ら生み出した悲しみ、怒り、憎しみ、恨みなどの負の感情が原因になっています。

でも、症状の原因はすべて夫にあると信じている妻は、そこに気付くことができません。夫が反省して悔い改めれば自分は楽になるのにと、本気で信じ込んでいます。

こういう妻に対して、僕は何ができるのでしょうか?

何もできないし、何もしてはいけない。妻の課題は、妻のものなのです。

僕にできることは、信じて祈ること。

そして、最も大切なことは、僕自身が幻想に気付いて、悲しみや怒りや攻撃性や罪悪感を手放していくこと。つまり、ひたすら自分自身の課題に取り組むことなのです。

お互いは「鏡」のような関係

「一人一宇宙」は、一人一人がまったく異なる世界観を持っているという概念ですが、もうひとつ重要な側面があります。それは、お互いが「鏡」のように相手を映し出すということです。

僕が、自分の課題に取り組む。つまり、自分の目に映る世界(相手の姿)が幻想であることに気付いて、悲しみや怒りや攻撃性や罪悪感を手放していく。ひたすら、そのことに取り組み続ける。相手のことは、ただ信じて祈るだけ。

すると、そんな自分のあり方が、「鏡」のように相手に映し出されていく。つまり、相手も自分の課題に取り組み始めるのです。

…とは書きましたが、僕はまだ、そこまでは達していません。ひたすら自分の課題に取り組んでいる段階です。

いつか妻が、そんな僕のあり方を鏡のように映し出して、自分の課題に取り組み始める時がくるかもしれません。それは妻が選ぶことです。僕は要求はしません。ただ信じて祈るだけです。そして、自分の課題に取り組み続けます。

真の自立とは

自分は自分の課題に取り組む。

課題とは、自分の目に映る世界(相手の姿)は幻想であることに気付くこと。そして、幻想がもたらした心の負の感情を手放していくこと。ここに相手は介入してきません。すべて自分の責任で取り組みます。

こういうあり方は、すなわち「真の自立」ですよね。僕はここにフォーカスして、前を向いて取り組んでみようと思います。とりあえず、来年の夏までの1年間までを目標に。

なぜ来年の夏までかと言いますと、友人のセラピストが、僕に「エンジェルカード」というものを引かせてくれました。タロットみたいなやつですね。

一人一宇宙 エンジェルカード

僕が引いたカードには、美しい月光のもと、翼を休めている天使の絵が描かれていました。静かな美しい夜の森です。優しい目をした動物たちが周囲にいます。この絵から僕が直観的に何を感じ取ったかが重要なのですが、僕の心には、こんな言葉が浮かびました。

・いつか夜は明ける
・いつでも飛び立てる
・穏やかな気持ちでいれば大丈夫

別の友人で「九星氣学(きゅせいきがく)」という一種の星占い?のようなものに通じた人がいます。僕は生年月日から「八白土星」という分類になるらしく、こんなメッセージをくれました。

・これまでの数年は苦しい星回りだった
・来年の夏に一気に上昇気流に乗る

これらのメッセージを合わせると、「僕は今、夜の中にいる。ずっと苦しい状態だった。でも穏やかな気持ちでいれば大丈夫。来年の夏には長かった夜が明け、上昇気流に乗って高く飛び立てる」ということになります。

こういうタロットとか星占いとか、僕はもともと信じる方ではなかったのですが、素敵な友人とのご縁で、素直にメッセージを受け取るようになりました。

だから、僕は前向きな気持ちで、来年の夏までの1年間は、多少苦しくても、自分の課題にひたむきに取り組んでいこうと思えるのです。すべての出会いに感謝です。

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2 Responses to “【自分の人生を生きる】「一人一宇宙」の考え方で人生が変わる(かも!) ― 真の自立に向けてー”

  1. 落武者 より:

    気持ちの解放に向けて色々とご尽力されておりますね。現状の詳細は間近で見ていないので解りませんが、文面から察するに著者さんは相当な心のDVを受けておられると思いますよ。心の介抱も大切ですが、心の解放のほうが必要かと思います。パワーバランスがどあであれ、共依存の状態のように思われます。今までの行いから著者さんの心の安らぎが得られますようお祈りいたします。せっかくの人生です!楽しい事見付けましょ‼
    (偉そうな事を書いて申し訳ございません。自分の家庭も似たような感じなので、つい…。)

    • eiji-maru より:

      落武者さん、コメントありがとうございます。以前にもコメントいただきましたよね。励みになります。

      心の介抱ではなく解放… 初めて聞く捉え方です。考えてみますね。

      そうですね、楽しいことを見つける。それが人生の意味かもしれません。

      こんな風に親身になってくださるということは、落武者さんも色々と抱えておられるのかもしれませんね。

      お互い、いい人生を歩みたいですね。これからもよろしくお願いします。

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